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典型的発光現象……!

特区に帰ってから一週間は何事も起きずに過ぎた……。

骨身にしみる休息……。

典型的暇っ……!


麻雀でも打とうかと思ったが、ルールを知らないのでやめた。

ひたすら牌を混ぜていても面白くない。

世にも奇妙な物語のイマキヨさんではあるまいし、牌を混ぜることになんの意味があろう。


それは特区に帰ってから一週間後に起こった。

マンションで寝ていると、窓の外に強烈な光が見えた。

射し込んで来る光線に目覚めた僕は、窓に近寄って光源がなにかを確かめようとした。

その必要はなかった。

全天がまばゆい光を放っていたのである。


非常事態だということはすぐに分かった。

ただちに外に出ると、既に発光現象に気づいていた鈴木、田中が一階の出口で空を見上げていた。

静まり返った街中、空だけが異様な光を放っている。


「なんの騒ぎだこりゃ」

僕は言った。


「起きたときには光ってた」

「またゾンビの仕業かよお」


ふたりも事態が飲み込めていないらしく、詳しい事情は聞けなかった。

ゾンビの仕業かどうかはわからない。

だが可能性はある。


4年前のベテルギウスの例もある。

なんらかの天体ショーであってくれればいいがと思うけれど、それはそれで真相を突き止めようがないので不気味である。


「ともかく非常事態だ、お前らは壁の見張りに加わってくれ」

「アイアイサー」


僕たちのあいだには取り決めがあって、非常事態の際にどこに駆けつけるか事前に決まっている。

鈴木は西の壁、田中は北の壁で、僕は正面ゲートだ。

急いで武器を取りに行き、すぐに持ち出せるAKMを手に僕は門に向かった。


「お疲れ様です!」


門に着くと、村上に迎えられた。


「いつから光ってる?」

「今日は非番だったもんで、直接は見てないんです。当直の警備が言うには、午後二時三十六分を回った瞬間に突然発光したとのことです」


特区は青白い光に包まれていた。

特区だけではなく、見渡す限りの範囲がといったほうが正しいか。

しかも照らされた道路には一匹もゾンビがいない。

混乱に乗じて襲ってくる気配はなさそうだ。


「重機関銃に弾を装填するよう警備員に言ってくれ」

「わかりました。ボス、とりあえず当直室にどうぞ。今夜は冷え込みますんで」


僕は寝間着のまま外に出てきたことに気づいた。

当直室に行くと、村上が熱いお茶を淹れてくれた。

遅れて希美が到着した。


「酷いですよ。なんで起こしてくれなかったんですか」

「急だったからな。典型的急……!」


連絡があったならともかく、僕は自分の意志でここに来たのだ。

ゾンビの襲撃がない以上、女子の部屋に入って叩き起こすのはためらわれた。

それはあえて言わなかった。


「この光、妙ですね……」

「まるでインデペンデンス・デイだ」

「ゾンビだけでも天変地異なのに宇宙人エイリアンまで出てきたら最悪ですね」

「典型的最悪……!」


当直室はトタン板で建てた詰め所のような小屋だ。

一応窓もしつらえてある上等な建物だ。

風は防げるといっても、外気温との差はない。

寝間着一枚しか着ていない僕の体はガタガタと震えだした。


「大丈夫ですか? マンションに戻って着るものを取ってきましょうか」

「いや、平気だ」


当直室にある暖房器具は昔ながらの火鉢ひとつだけ。

床は畳敷きなので、手をかざしていると時代劇の役者のような気分になる。

外で人の声がした。


「ボスが来てるって?」

「ああ、中にいる」

「嫁さんも一緒か」

「嫁さんでなくて秘書のほうだ」


当直室に玄関はないので、外に脱いである靴を見て言っているのだろう。

トタンの壁は薄いので盗み聞くつもりがなくてもよく聞こえる。


「しっかしわざわざ駆けつけてくるとはご苦労なこった」

「おれの会社の部長だったらありえねえよ」

「嫁さんが惚れるのも頷けるわな」

「歳はいくつだったっけか?」

「たしか二十六、七だったな」

「二十七、八、三十でこぼこってなもんか。羨ましいなあ」


「その上秘書まで手篭てごめにしちまったりして」

馬鹿野郎ばっきゃろう、あんないい人がそんなことするわけねえ」


一人称小説の欠点として、主人公が居ない場所での会話や動きが書けないというものがある。

ヨーロッパ文学はこの欠点を補うために窓を発明した。

つまり窓から盗み見ることで主人公不在の場面での動きを描写できるというわけだ。

どうやらトタンの壁にも同じ効果があるらしい。


「注意してきます」

希美が顔を赤らめて言った。


「彼らも悪気があって言ってるんじゃない、放っておこう」

「でも……」


言っている間に立ち話をしていた警備員は去っていった。

入れ替わりで村上が戻ってきて、毛布を二枚置いていった。


「あの人いい人ですよね」

仲人なこうどをしてもいいよ」

「やめてくださいよ」


希美は笑って言った。

まんざらでもない様子だ。

毎日切った張ったでは神経がやられてしまう。


希美のような女の子には信頼できるパートナーが必要だ。

彼女はあまり語らないが、希美には心の傷もある。

彼女が僕に依存していることにはずいぶん前から気づいていた。


それが先の戦闘後には比較的マシになり、昔は四六時中あとをついてきたのだけれど、最近はひとりで考え事をしていることが多くなった。

以前僕は希美を驚かそうとして留守中に部屋へ忍び込み、クローゼットに隠れていたことがあった。

部屋に戻った彼女は椅子に座って、五時間も虚空を見つめて考え事をし続けた。


出ていく機会を失った僕は、彼女が再び部屋をあけるのを待たなければならなかった!

なにを考えているのか聞いたことはない。

だがマミのと仲が進展した以上、希美との関係にも決着をつけなければ。


結局朝まで待ったが、光の正体はわからずじまいだった。

ゾンビも現れず、日の出とともに発光は穏やかになり、空が完全に明るくなると太陽光にかき消されて青白い光は見えなくなった。

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