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台風を楽しめるようにならなければ

天高く馬肥ゆる秋。

大挙して押し寄せたゾンビの影響を受けなかった畑には、これでもかというほど野菜がなった。

秋晴れとなったその日、住民総出で収穫が行われた。


僕もまた畑に立って、自ら野菜を収穫した。

土とたわむれると気持ちがいいなあと、まるで日曜日のオヤジのようなことを思いながら野菜を籠に入れていく。

冬に備えて精をつけておかなければならない。

特にイワンたちにはたくさん食べてもらって遠征の糧にしてもらいたい。


収穫は急ピッチで行われた。

秋の天候は穏やかに見えて変わりやすい。

一度台風が来れば大荒れは必至で、もし収穫が遅れればそれこそ「畑を見に行って」という死因になりかねない。


途中から非番の警備員も招集し、人の数だけでいうと先の戦闘よりも多い人数で収穫にあたった。

後半は全員が本気マジモードで、終わらなければ帰らないという勢いだった。

僕も日曜日のオヤジ気分から一転して、農家の頑固おやじの顔になった。


収穫を終えたその翌日から、特区は大雨に見舞われた。

強風で、横から叩きつけるように振る雨。

簡素な作りの溜池は、壊れてもすぐに作り直せる方面に特化しているので、排水機能は備わっていない。

半日で水が溢れ、灌漑施設は故障、いたるところから水が溢れ出した。


「こんな日にゾンビは何をしてるんだろうか」

一階の入り口に土嚢を積んで水が入らないようにしながら、僕は言った。


「この風じゃゾンビだって吹き飛ばされちまう。きっと屋内に隠れてるのさ」

鈴木が答えた。


「いっそ全員吹き飛んでいなくなってくれればいいのにな」

僕は言う。


そんなことは微塵も期待できないことは分かっている。

なにせ相手は統率のとれたゾンビ軍団だ。

事情が明らかになった以上、これまでのように楽観視はしていられない。

たとえるならそう、相手は意思を持った兵器、生物兵器に近い。


だが本物の生物兵器である可能性は低そうだ。

なぜならイワンの話ではロシアにもゾンビが出没しているのだから。

まさか某国が例の島欲しさにロシアと日本を攻撃したわけではあるまい。

島をとるために大国と列島を襲うなどという暴挙は聞いたことがない。


外からは轟々という物凄い音が聞こえてくる。

僕は先日剥がしたばかりのバリケードを再び打ち付けなくてはならなかった。

瓦礫が窓を破って飛んでくるなんて事態は避けたい。


「よお、手伝いに来たぜェ、ワイルドだろォ?」

ショックから立ち直りつつある田中が上階から降りてきた。

そもそも本当にショックを受けていたのか怪しいところだが、今は触れないでおく。


彼はなぜかスギちゃんのような口調だった。

どこがワイルドなのかはまったくわからなかった。


田中は現在、イワンの部隊が根城にしている建物とタワーマンションとを行き来して生活している。

ゆくゆくは完全に部隊員として生活するつもりのようだが、なにせこのマンション、もとは高所得者向けに建てられたものなので、家具は一級品が揃っている。

一度その生活に慣れてしまえば、廃墟を改造して作った部屋などあばら家も同然。

田中がいつまでもマンションでぐずぐずしている理由は「贅沢したいから」の一言に尽きる。


そのとき、マンションの前の道路を、どこかから飛ばされてきた街路樹らしき木が横滑りして飛んでいった。

まるで道を散歩するかのように直立して、木が車並みのスピードで通り過ぎた。


僕はとある話を思い出した。

ある人は台風の夜に居酒屋をはしごして飲んだ。

何軒かまわったあと、夜も更けてきたのでホテルに帰ろうと徒歩で帰ろうとした。


吹き付ける雨風に圧倒され、体を斜めにしながら歩いていると、目の前に自分と同じような体勢で歩いている男がいるのに気づいた。

その男は街路樹が植わっている箇所に来るたび体を一層斜めにして進んでいく。

男が過ぎ去ったあと街路樹の根本を見ると、嘔吐した痕跡があった。

その先も、街路樹があるたびに吐いた跡が残されていた。


「台風飲みしようぜ!」

僕は言った。


「なんだそりゃ」

鈴木が言う。


「台風みたいに飲むのさ」

「いいねェ、ワイルドだねェ」

「よし、じゃあ上の連中にも声をかけよう。その前にさっさと仕事を済ませよう」


僕たちは集中して仕事に取り組んだ。

日本に産まれた身で台風地震を怖がっていたら精神が持たない。

来るときは来るのだ。

台風さえ楽しんでいかなければこの時代は生き残れない。

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