ライトノベル的にやろう
夜の道を散歩した。
マミとのデートである。
部屋で話すことはあっても、二人きりで外を出歩く機会はあまりない。
こうして散歩するなどいつ以来だろう。
ユキの装置に電力を使っているので、街頭代わりのLEDガーデンライトは点いていない。
夜は人通りも少ないので、誰かとすれ違うこともない。
懐中電灯の明かりを頼りに歩くのは肝試し的ではあったが、腰の拳銃を除けばれっきとしたデートだ。
暗がりで見るマミの横顔は、やはり美人だった。
しかも美しさに度胸まで備わっている。
懐中電灯の明かりひとつだというのにまったく怖がらず、むしろ楽しんでいるふうだ。
それもそのはず、特区には暗がりを怖がるような女性はいない。
たとえ路地からゾンビが飛び出してきても、悲鳴一つあげずに拳銃を抜く。
訓練通りの構えで即座に頭を撃ち抜き、死体を放置すると汚いので警備員に連絡する。
そして鼻歌まじりにその場を立ち去る。
「なんだかあれよね」
マミは言った。
「どれ?」
「いざデートするとなると、なにを話していいのかわかんない」
それは僕も同じだった。
世間一般の男女がデートのときどんな話をするのは僕は知らない。
身近に鈴木と阿澄の例があるけれども、彼らは一般的なカップルとは言いがたい。
そもそもこの特区に一般的な男女が存在するのだろうか?
「じゃあライトノベルみたいな会話をしよう」
「いいけど、私ライトノベルみたいな会話なんてわからないわよ」
「いいね! そんな感じだ」
「えっ」
「お姉さま!」
僕は言った。
「なにかしら」
「タイが曲がっていてよ」
「えっ」
マミは初めからタイなどしていなかったが、直すふりをした。
僕はこれ以上いう言葉を思いつかなかった。
ライトノベルを読んだのはもう何年も前だから、台詞が出てこなかった。
「言いたいことを言えばいいよ」
「そうね」
僕たちは歩き続けた。
どこまで行っても暗い道を、懐中電灯で照らしながら。
秋が深まるこの季節、路肩の草むらからは虫の音が聞こえる。
マミはふと思い立ったかのように家庭革命について語りだした。
女性の社会参加を促進するには家庭の仕事を社会が担わなければならず、人々が裕福になることが前提条件だという論だった。
なんでもサービス業こそが現代の家庭で、食事や育児や掃除洗濯、あらゆる家庭の仕事が外注可能になったとき、女性は旧来の価値観から解放され、真の労働者として男性と対等に働らけるようになるのだという。
託児所も学校もなくなった世界でなにを言ってるんだろう、と僕は思った。
しかしすぐに僕は、彼女が暗に子供のことを言っているのだと気づいた。
僕は頃合いだと思った。
「よしわかった、子供をつくろう」
「えっ」
単刀直入に言ったものだから、マミは驚いて小石につまづきかけた。
よろめいて僕の腕につかまる。
低い位置から顔を上げた彼女と目が合った。
「子供をつくろう」
「なによいきなり」
自分で話題を誘導しておきながら、素知らぬ顔をするマミ。
彼女にはこういうところがある。
だが僕たちは大人で、ふさわしい時期にふさわしい話をするのに遠慮はいらない。
「結婚しよう……といってもイワンたちみたいに形だけになるけど、結婚式を挙げよう」
「うれしいわ、とても」
「それってOKってこと?」
「ええ、もちろん」
僕は彼女の目を見、強く抱きしめた。
マミがいたからこそ、ここまで生き延びられたのだ。
彼女の体温を全身で感じる。
息遣いが間近に聞こえる。
これが生き延びるってことだ!
僕たちの会話はライトノベル的ではなかった。
結婚話を引き出すのに、トロツキーの『裏切られた革命』を引用して誘導する女子がどこの世界にいよう。
そんな女子はライトノベル的でなければ純文学的でもない。
けれどもこれがマミのやり方で、僕らのやり方だった。
一般的ではない僕たちは、一般的ではない方法で愛しあう。
それでいいではないか。
この瞬間、僕たちは間違いなく幸福だった。
僕とマミは手を繋いでマンションに帰った。
気分が高揚して、体が火照るように熱い!
散歩中はなんでもなかったのに、僕とマミはマンションに着くなり喋るのもぎこちなくなった。
一階の風呂場で湯を沸かし、順番に入ってから最上階の自室に行った。
僕が部屋に入ると、先に風呂から上がっていたマミがいた。
彼女は寝間着をまとい、薄い布が体の凹凸を強調してシルエットを浮かび上がらせている。
僕は彼女に導かれるようにして寝室へと向かい、着ているものを(事情により描写は省く)




