最終局面について
首謀者のゾンビを解剖したユキは、ゾンビの死体から一つの素晴らしい装置を作り上げた。
脳波を計測して、電波が届く範囲にいるゾンビを効率的に集め、大日本帝国海軍もびっくりの対ゾンビ高出力殺人光線を発生させるマグネトロンをくっつけておくことで、集まってきたゾンビの脳が電子レンジに入れた卵のように爆散させる。
ゾンビを呼び寄せる電波を発する器官は首謀者ゾンビ特有のもので、集められるゾンビも受信器官を持つ個体に限られていたけれども、今までにない画期的な発明には変わりない。
ただちに装置が量産され、街の周囲に配置された。
電力を食うので置ける数に限界はあったが、特区民が減ったので充分な空きがある。
装置を稼働させると、静かなときには遠くからゾンビの爆発音が聞こえるようになった。
普通の人間に害はないのかというと、害はある。
しかしそれは装置に近づいたらの話で、離れている分には問題ない。
万が一人間が近づくようなことがあっても、電波で誘導されているゾンビとは違い、人間は装置に近づけば近づくほど不快感や頭痛を感じる。
大音量の音を発しているスピーカーに近づいていくのと同じだ。
さらに近づくと、めまいがして鼻血がでる。
嘔吐感が襲い、立っていられないほど頭が痛む。
それを無視してさらに近づく馬鹿者は、ゾンビ同様爆散して死ぬ。
「どのみちそんな馬鹿は生きてる資格ないわ」
ユキは言った。
装置がある一帯には近づくなという看板も立てておいたし、大丈夫だろうとは思う。
看板を読まないで近づく輩は、ユキの言うとおり生きている資格なしだ。
これは一番の収穫というべきだろう。
装置のおかげで、特区には平和と笑顔が戻った。
ショックから立ち直った人々が再び労働を始めた。
緊急事態ということもあって、通貨制度は取りやめた。
通貨を介さずとも特区がまわるようになったのは、死線を越える経験を共有して信頼関係が強まったからだろうか。
僕も以前のようにボディーガードを連れて歩かなくなった。
街にあった不穏なたくらみも立ち消えたようだ。
たくらんでいた者が先の戦闘で死亡したか、僕たちに取って代わるのが不可能だと諦めたのかはわからない。
少なくとも生き残った住人は皆精一杯働いて、満足しているように見えた。
僕はイワンのところに顔を出した。
「やあイワン、準備は進んでいるか?」
「ぼちぼちだ」
イワンの部隊が集合場所にしている廃ビルは、あれから内装を整えて小奇麗にした。
カーペットを敷き、大きなテーブルを部屋の中心にひとつ。
青年ゾンビと首謀者ゾンビが拘束してあった部屋の壁は鉄筋で補強し、より尋問室らしくなった。
狙撃手用のオムツも山ほどある。
「田中、調子はどうだ」
「絶好調だよお」
結局、田中は空いた穴を埋める形でイワンの部隊に所属することになった。
首謀者を捉える作戦中に二人の隊員が死亡している。
一人二役をこなせる逸材は田中だけだということで、田中が最初に志願し断られてから二年越しで参加と相成った。
「君は残るんだってな」
イワンが言った。
「僕にはここを守る仕事がある。怖気づいたわけじゃないぞ」
「知ってるよ」
僕は大阪遠征には参加しない。
さんざん迷って、マミや中島に相談して決めた。
新潟遠征の頃とは違い、僕はもう血気盛んな若者ではない。
イワンの部隊には、僕なんかよりも体力があって、射撃の腕に優れた者がいくらでもいる。
遠征の決行日は、冬を過ぎてからだ。
西日本に向かうといっても、道中のほとんどは山道だ。
なるべくリスクは避けたほうがいい。
遠征の準備が滞りなく行われているのも、やはりユキの装置があるおかげだった。
装置の効果は知能の高に応じて変化するらしく、高知能であればあるほど絡めとって爆散させた。
生き残るのは間抜けなゾンビしかいないという寸法で、これによって警備員の数を半分にすることができた。
見回りの回数も半分に減り、人員を復興の作業員にまわした。
本来であれば肉体的に頑強なイワンの部隊が駆り出されるところが、免除となり下準備に集中できた。
出発は半年後。
遠征はいつだって生きるか死ぬかの大博打だ。
イワンと別れた僕は、マンションに帰った。
例によって書類作りに追われているマミは書斎にいた。
「マミ、いよいよ最終局面って感じだが、なんだか感慨深いな」
「最終局面?」
「ゾンビの親玉と対決して勝てば一件落着だろう」
「男ってのはいつもそう。物事は単純じゃないのよ」
「だって事実だろ」
彼女はやれやれといったふうに首を振って、ペンを置いた。
「イワンが行くのは偵察でしょ。偵察して戻ってくるのよ。それからどうやって倒すか考えるの。そしたらまた遠征で、到着してやっと対決。なんのトラブルもなく上手くいったとしてもこれだけのフェーズがある。最終局面なんてまだ先よ」
「僕はこのくらいで最終局面にしたいんだけどな」
「したくても状況が状況なんだから無理よ」
「マミは美人だし頭がいいから素敵だね」
「ありがとう」