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何者かの襲撃を受け青年が殺される

青年ゾンビは瀕死ひんしだった。

心臓の止まっているゾンビが死にかけているという表現は奇妙かもしれないが、拘束され、血を吐き、動く屍から動かない屍へと変貌する過程にある青年は虫の息だった。

そこで初めて僕はゾンビが呼吸していることに気づいた。

だがさしあたって問題なのは、ゾンビが呼吸していることではなく、彼が自白した内容だ。


部屋にはイワンと僕、それから部隊員が二名いた。

青年の体は酷く損傷している。


「なにがあったんだ、ここまでやれとは言ってないぞ」

「それは違いますよ、やったのは俺たちじゃありません」


イワンの代わりに部隊員が答えた。


「なんだと?」

僕はイワンを見た。


「言い訳できない状況だ。何者かの侵入を許した。こいつの悲鳴が聞こえて駆けつけてみたら、この有様だ」

「侵入を許したって、この部屋には入り口がひとつしかないじゃないか}

「方法はわからん。やったのは俺たちじゃない、信じてくれ」


イワンの目は本気だった。

たとえ彼の仕業だったとしても、責める道理はない。

人道的とは言えない所業ではあるが、相手はゾンビなのだ。


「自白した次の日に襲ってくるとはな」

「こいつ自身、なにかしら予期していたのかもしれない」


不可解な点がいくつかある。

まずは侵入経路だ。

窓のない部屋、入り口はひとつしかなく、常に見張りがいる。

壁や天井に穴を開けられた形跡はない。


次に捉えたもう一方のゾンビが手付かずだったこと。

ユキの研究のため生かしてある首謀者と思しきゾンビは襲われていない。


青年ゾンビを即死させずにいたぶったような痕があるのも謎だ。

手口はまるで拷問で、足や腕に目立った傷跡がある。

体表面には焦げ跡のようなものも見られる。


最後に、悲鳴を聞いて駆けつけたというイワンたちが見つけたときには、既にこの状態だったということ。

悲鳴を上げられる状況でありながら、瀕死の重体になるまで黙っていたと考えられる。

ゾンビには痛点がないか、もしくは鈍いため(このへんは個体差があって曖昧だった)悲鳴を上げるのに時間がかかったのかもしれない。


あるいは何らかの交渉があり、決裂してこうなった。

情報が少なすぎて、憶測するにも材料がない。

今考えられるのは、青年が言った親玉ブレインと関係がありそうだということだけだ。


「どうする、楽にしてやろうか」

イワンがMP-443を青年につきつける。


青年の目はうつろで、コイのように口をぱくぱくさせている。

彼の意識はないも同然で、動作にも意味など込められていないのは明らかだった。

しかし僕は、彼は慈悲を求めているのだと感じた。

なぜかは分からないが、ゾンビにしては人間味のある表情をした彼を撃ち殺すのは良心がとがめた。


「待て、なにか言おうとしているみたいだ」

「俺が聞こう、頭をおさえてくれ」


噛まれるのを防ぐため僕が頭をおさえ、イワンが青年の口元に耳を近づけた。


「なんて言ってる?」

「しっ、静かに」


青年は口を動かしているが、意味のある単語はなかなか聞き出せないらしい。


「Preterist……」

イワンが呟いた。

英語だ。


「vox populi vox dei……」

また呟いた。

ラテン語だ


「macht haben……」

更に呟いた。

ドイツ語だ


「y con esto non digo mas」

最後にこう言った。

スペイン語だ。


「なに人だよ!」

僕は叫んだ。


「なに人だよ……」

これにはイワンも驚いていた。


青年ゾンビは息絶えた。

彼の言葉は断片的で要領を得ないものだったけれども、何かの役に立つかと思い一応書き留めておいた。


青年の死体を片付けている間に、僕はもうひとりが拘束されている部屋を覗いてみた。

こちらは静かなもので、中心にいるゾンビは前見た時から1ミリも動いていない。

相変わらずの無愛想で、生きているのか死んでいるのかすらわからない。


「怒鳴りつければ反応がある」

いつの間にか隣に来ていたイワンが言った。


「喋りそうか?」

「最初に言ったろ、こっちはダメだ」


今回は襲われなかったけれども、こちらも狙われる可能性がある。

敵は忍者のようにすばしっこい。

大丈夫だとは思うが、イワンの部隊が襲撃されて怪我人が出るのは避けたい。


「生かしておくのは危険じゃないか」

「今日中にユキが来て処理する予定だ。反応は一通り計測し終わったらしい」

「それなら平気か」


僕は扉の傍から離れた。

肝心の話がまだだ。


親玉ブレインとやらの件だ。所在がわかったって、一体どこなんだ」

「関西だ。大阪の梅田にいると奴が吐いた」

「遠いな」


「ああ、だがそれが本当なら対処しなくちゃならん」

「もっと詳しいことは聞けなかったのか」


「ヤツ自身もすべてを把握しているわけではなさそうだった。大阪にいる親玉ブレインが日本全土のゾンビの流動をつかさどっていて、人類の敵がいるとすれば個々のゾンビではなくその親玉ブレインだそうだ」

「なんだか含みのある言い方だな」


「ヤツの遺言を聞いたろ、含みばっかりだよ」

「日本語で言ったのか?」

「関西弁だった」


大阪、梅田。

電気自動車を飛ばしたとしても、充電を満タンにして甲府につけるかどうか。

徒歩で向かうには遠すぎる距離だ。


「イワンは準備に専念してくれ。僕は特区の立て直しにかかる」

「アイアイサー」


親玉ブレインとやらの正体を突き止めるのを諦める選択肢はない。

たとえどこにいようとも追い詰めて、一発ぶちこまないことには気が済まない。

大阪なら安いもんだ……。

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