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友達に嘘はつけない

挿絵(By みてみん)


大事な仲間に嘘をつき続けるということが、本当に可能なのだろうか?

橋部のバーに行くと、彼は快く避けを振る舞ってくれた。

上等な酒で、ボトルで10万円以上するものばかりだ。


彼は追悼の意を込めて、今夜の酒はタダだと言った。

開店しているのを隠そうとしていたのは、酒の数が限られているため、殺到すれば量が足りなくなるからだった。

橋部が酒を振る舞うつもりだった人物は、先の戦闘で目立った働きをした人たちだった。


生き残った人々は、それぞれ死にものぐるいで頑張った人ばかり。

その中でも功労者として、マミ、中島、カズヤをはじめとする作戦本部の人員を。

それから各部隊の隊長を務めた上層部の人間に酒を出す予定だったという。


加えて警備主任、田中の部隊にいた男たち、ゾンビに囲まれながらもバーを死守し、泣きながら酒のボトルを火炎瓶に変えて応戦した老人。

順番に招待して、酒がなくなったら終了。

呼ばれもしないうちから現れた僕たちを見て、橋部は驚いている様子だったけれども、微塵も嫌な顔はしなかった。


「俺がもうダメだと思って、バーから逃げたときにもあの爺さんは逃げなかったんだ。“酒を渡すくらいなら心中する!”あの剣幕は鬼だったよ、まさしくゾンビも恐れる鬼神のようだった。あとでバーに戻ったとき、爺さんは最後のゾンビの顔面に火炎瓶を投げつける直前だった」


「それは粋だなあ」


会話は自然な流れで、先の戦闘のことに及んだ。

みんな武勇伝を披露するかのように戦果を語った。

失ったものも大きいけれど、守ったものも大きいのだと僕は思った。


「田中の武勇伝は聞いた?」

マミが言った。

彼女はよほど田中の武勇伝を気に入ったらしい。


「聞いた、聞いた! 撃ち落としたパンケーキガメがゾンビの隊列に突っ込んで、一気に100体は片付けたって話だ」

「いつかやる男だとは思ってたけど、一丁前にやってくれたわねぇ」

中島がうっとりして言う。


「私の話も聞いてくださいよ! 10発の銃弾で10体のゾンビを仕留めた話」

二十歳になってから酒を覚え、瞬く間に酒の魅力に取り憑かれてしまったマリナが叫んだ。


マリナは田中の女版みたいな飲み方をする。

早くも泥酔している彼女が自分の武勇伝を語るのは、これで三回目だった。

酔っぱらいの常として、同じ話を何回もする……。


彼女は狙撃班の所属だった。

特区の危機に際して、彼女が狙撃班に留まる決意をしたのは、長距離射撃の腕があったからこそだった。


マリナは観測所から特区内を狙っていた。

バレットM82は彼女にとって大きすぎた。

狙撃の際にはいつも持ち出すOT-03 SVUを構え、射程ギリギリにいた強化ゾンビに向かって撃った。


初弾命中。

しかし強化ゾンビの数は多い。

逃げる母子(いつか食事処で見かけた母親と子供)を追って、強化ゾンビが走った。


マリナは次から次へと仕留めていき、とうとう母子を逃がすことに成功した。

10発を撃ち終わる頃には、強化ゾンビは狙撃手の存在に気づき、母子から意識を外していた。


「あの親子なら昨日見かけたぞ。助けてくれた狙撃手を探してるって聞いた」

僕は言った。


「そりゃそうでしょうね。あれは記録的だったもの」

マリナは得意になって言った。


「知らせなくていいのか? 守ってくれた人が生き残ったのか心配してるだろうに」

狙撃手スナイパーはね、誰にも知られないから狙撃手スナイパーなのよ」


「アタシも活躍したかったわァ」

中島が言った。


「いやいや、謙遜してもらっちゃ困る。君たち本部の誘導こそがMVPだよ、あの状況でよくやってくれた。まさに冷静沈着、的確な指示がなかったら、今頃ここにいる全員が死体袋に詰まっていただろうさ」


「そのとおりだ」

僕も橋部の意見に同意した。


「さあ、作戦を指揮した我がブレインたちに乾杯しよう!」

橋部が杯を掲げたのに合わせ、皆がグラスを高く持ち上げた。


「乾杯!」


酔いが回ってきた頃、僕は青年ゾンビの件を皆の前で喋った。


これ以上黙っていたら悪い気がしたからだ。

皆は「そんなことは気にするな」と言ってくれた。

めでたい酒の席だから、あえて言及しないでいてくれたのかもしれない。


話をしたことで、僕も気が楽になった。

飲み会が終わってマンションに戻ると、イワンから連絡が来て、帰ったら折り返すようにという伝言を希美から聞いた。


親玉ブレインの所在が知れた」

「待て、どういうことだ?」

「ギリギリになって奴が吐いたのさ。関東一円のゾンビを支配している奴の居場所が分かった。具体的なことは会って話そう。ただ肝心なことだけ今伝えておく。これで平和が戻るぞ」


いきなりのことに、理解が追いつかない。

関東一円を支配しているゾンビ?

平和が戻る?


青年ゾンビが何を喋ったというのだろう。

疑り深く青年を信用していなかったイワンが、決定事項のように言った。

嬉しい気持ちがある反面、またもやとんでもないことになりそうだという思いもある。


酔いと、イワンの言葉を聞いたせいで、その夜は夢を見た。

夢のなかで僕は大学に行き、講義を受けて街中を散歩していた。

商店街や駅前は人であふれていて、すれ違うどんな顔も忙しそうに前だけを向いている。

平和とはなんだろう、と僕は思った。

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