戦後処理
本部に戻ると、肘掛け椅子で田中が眠りこけていた。
ついウトウトしてしまったという感じで、手にはベレッタ92を握ったままだ。
よほど神経を張り詰めさせていたのだろう。
周囲の物音に反応して、体がビクリと震えるので、最初彼は起きているのだと錯覚したくらいだ。
未だに作戦本部には連絡が多く入る。
生き残りのゾンビを発見した部隊や、被害状況が報告されるのだ。
特区外の観測所で警戒を続けている狙撃班からも定時連絡がくる。
中島、カズヤ、マミの三人は対応に追われている様子だった。
息をつく暇もないようなので、三人分のコーヒーを淹れて持っていった。
テーブルの上は雑然としていて、地図や銃弾、リストの山で物の置き場がない。
コーヒーを直接三人に手渡し、あいている椅子に腰掛けた。
「ありがとう。情報をまとめて負傷者のリストを作ってるけど、いつになったら終わるのやら……」
マミは笑いながら言ったが、目元には隈ができていて、笑い方もぎこちなかった。
「田中の武勇伝聞いた?」
「いいや、聞かない」
「パンケーキガメを撃ち落としたんですって」
「そりゃお手柄だな」
「田中の部隊が早く着いてよかったわ。でないと今頃、ここは死体の山だったはずだから」
「感謝しないとな」
「ええ、まさかこんなことになるとは……」
バリケードのつもりでやったのだろう。
窓には板が打ち付けられていて、光の入らない本部は薄暗い。
敵の第二陣が控えている恐れもあるので、外すわけにはいかない。
「香菜ちゃんから報告、前哨基地の被害は少ないそうヨ」
中島が言った。
「希美さんから連絡です、自分はいつ戻ればいいのかと聞いていますが」
カズヤが僕のほうを見て言った。
マンションに戻るとき、討伐隊に連絡係として希美を置いてきたのを忘れていた。
「1時間後くらいに戻るよう言ってくれ」
「了解です」
「村上という人から問い合わせがきてるわ。門付近の壁、土嚢が崩れて修繕に人手がいるんですって。これ誰?」
中島が言った。
「僕が指示したんだ。新しい警備主任だよ。人を回してやってくれ」
体力が残っているものを壁の補強と警備に回し、軽症者のうち歩ける者は討伐隊に回した。
僕もこれから一休みして、夜の警備に出る。
阿澄や鈴木は、僕より先に休んでいた。
彼らは夕方過ぎにマミたち作戦本部の人員と入れ替わって指揮を執る。
「復旧にはどれくらいかかると思う?」
マミが言う。
「インフラはそれほどダメージを受けていないから、一、ニ週間で復旧できる。問題は負傷者だな。数が多いし、それぞれ怪我の種類が違うからなんとも言えない。動ける者だけでしばらくはやっていくとしても、壁の補強、警備、看護、仕事は山積みだ」
「奴らはまた攻めてくるのかしら」
「可能性はある。警戒を怠らないようにしないと」
入り口にイワンが現れた。
陽光を背にした彼を薄暗い室内から見ると、まるで救世主のように映る。
幸いイワンは五体満足で、いつも通りのオーラを放っていた。
手招きされたので近寄ると、耳元で囁かれた。
「要件だけ手短に。首謀者らしきゾンビを捉えた。あの“お喋りクソ野郎”も一緒に拘束している。場所は3-B地区にある廃ビルの二階だ。あとで顔を出してくれ」
「了解、どれくらいで行けばいい?」
「一休みしてからで構わない。それまでは俺の部隊で見張っとく」
彼の部隊に所属しているのは、主に極悪人だ。
イワンの尋問で素性を一から十まで暴かれ、拷問さながらの訓練を耐え抜き、最終的に一人で街に放り出されても、数ヶ月は武器なしでも自力で生活できるまでに成長した者のみを採用している。
極悪人の入居は原則として認められていないが、イワンの部隊だけは例外というわけだ。
もし訓練に耐えられなければ、追放か訓練途中で死亡する。
さすが元特殊部隊。
不可能を平然とやってのける。
よくよく考えて見れば、正規の戦闘ではないところで暗躍するのが特殊部隊の任務だ。
イワンの仕事は理にかなっているとも言える。
それでも、なんの指示も連携もなく首謀者をとっ捕まえてくるとは恐れいった。
僕は本部横の仮眠所にダンボールを敷いて一休みすることにした。
上から敷布団を持ってくる体力は残っていない。
足首もズキズキ痛むし、いろいろと限界だった。
「悪いけど先に休む。交代するときに起こしてくれ。君になにもなくてよかった」
「おやすみ」
マミが無事でよかった。
仮眠所では、鈴木や阿澄が横になって眠っている。
皆一様に疲れた表情だ。
寝転がると、緊張して凝り固まった筋肉がいくらかほぐれたような心持ちがした。
田中も横にしてやればよかったと思いつつ、一度横になってしまった僕は立ち上がる気がしなかった。