現状/雑談/計画/長文
災害時、水源が汚染されている可能性がある場合、たとえ水道が使用可能であっても、なるべく使わない方がいい。
特にゾンビハザードの場合がそうで、どの段階で何が混入しているのか確かめる手段がない以上、水道は使えない。
風呂に水を貯めておいたり、飲料水を備蓄しておくのは基本として、ペットボトル入りの飲み物は、飲み口が開いていなければたとえ付近に核爆弾が落ちたとしても、飲むことが出来る。
食べ物は、生鮮食品は口にしないのが普通である。
野生しているものを口にするなら、葉物や果物は避け、根菜を摂るのが望ましい。
地震における災害対策マニュアルによると、やはり食料は缶詰やクラッカーなどの長持ちする食べ物が推奨されている。
ゾンビ災害と聞くと、すべてのエネルギー源が使用不可能になると思いがちだが、現代の発電所の多くは自動化されているので、ゾンビ化した職員が装置に触れたり、火災などで停止しないかぎりは供給はストップしない。
ただし完全に無人で運用されるシステムにはなっていないので、どれだけもつか過信は禁物である。
なお一度停止したら、復旧する人員がいないので止まったままである。
次いでガスだが、プロパンガスを所持しているのなら、当たり前だが空になるまでは使用できる。
容量は家庭用で最小4kg、最大で39kg、コンロのみの使用であれば20kgで二ヶ月以上もつ。
工業用のLPガスなら最小465kg、最大で2525kgだ。
都市ガスに使われているガス管は地震に強く頑丈な作りになっているが、災害発生時に止められてしまう可能性がある。
供給されたままであるなら使えるが、どのくらいもつのかはわからない。
僕たちのいる立川市は現在、電力、都市ガスの供給が止まっている。
かろうじて水道は使えるが、風呂にも飲料水にもしていない。
ちなみにプロパンガスの缶は何本もあるけれど、使い方がわからない。
灯油、ガソリンがある位置は、半径200メートル以内ならすべて把握している。
できれば太陽光発電のパネルを盗んできて設置したいところではあるが、残念ながら見つかっていない。
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「ねえ、こっち見て。どう?」
「似合ってるよ。まるであの日本語が下手なタレントみたいだ」
「それ褒めてるの?」
久しぶりにマミと二人きりになった日、僕らは二階の窓から辺りを監視しながら、雑談にふけっていた。
鈴木、阿澄、田中の三人は生存者の捜索に出掛けている。
渋谷連合のあの放送を聞いてからというもの、危機意識が高まった僕たちは人員獲得に躍起になっていた。
翅型ゾンビの数が減ると決まってハンヴィーを動かし、用がなくても市内を一周する。
(翅型ゾンビが活発化するのは早朝から午前中いっぱいにかけてで、午後から夕方にかけてはめっきりおとなしくなる)
僕自身も何度か周ったが、収穫はゼロで、弾丸を消費するばかりだった。
マミはサンリオのキャラクターが描かれたTシャツを着ていて
これ見よがしに見せびらかしてくる。
僕が盗んでプレゼントした服なのに、まるで自分で獲ってきた獲物のような誇りっぷりだ。
「前にお風呂で阿澄が、あなたのこと狙ってるって言ってたよ」
「へえ、それは光栄だね」
「本当にそう思ってるの?」
「うん、駄目?」
「バカヤロー!」
マミはふざけた感じで言って、頬を膨らませた。
「僕らって友人関係だよね?」
「そうだよ」
「じゃあなんで怒るの?」
「別に……」
他愛無い会話だった。しかし本当に久しぶりな気がした。
最後にこんな会話をしたのがいつだったのか、思い出せないくらいに。
「そういえば卒論はどうなった? なんだっけ、帝国主義がどうのっていう」
「馬鹿にしてるの?」
「いいや、もう全部関係なくなっちゃったなあと思って。地位も、学歴も、なにもかも」
「そうねえ」
「今なら僕たちが付き合っても、不釣り合いじゃない?」
「そうかもね」
意地悪な笑顔だった。
彼女はスコープを覗くふりをして、はぐらかそうとした。
「ちゃんと聞いてよ。どうなの、実際」
「落ち着いたら返事をするってことじゃあ駄目? だってほら、ゾンビ物では鉄板じゃない。妊婦がいて、足手まといになるって」
「それってつまり……」
「あ・と・で、ネ?」
やはり彼女の笑顔は意地悪だった。
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三人が戻ってきてから、今後の計画について話した。
生存者捜索の成果が得られない以上、続けているだけ無駄である。
しかし諦めるわけにはいかない。
シミュレーションゲームにおいて人口が正義であるよう、ゾンビサバイバルでも数こそ正義だ。
集団の分母が増えればトラブルの種になるので、闇雲に大勢を引き連れて行動するのはNGだが、統率さえとれていれば何ら問題ない。
トラブルは統御システムにあるのであって、人数ではないのだ。
隣街への遠征に、全員で向かう。
多摩川を超えて西に向かい、日野市を探索して生存者を探し、見つかれば工場まで連れてくる。
飛んでいる翅型ゾンビの数からして、都心側に向かうのは危険だと判断しての計画である。
日野市の状況を鑑みて、ゾンビの数が少なく、また生存者もいなかったときは、探索を続行して更に隣の八王子市を見まわる。
ベッドタウンで有名な八王子だ。
もし生き残りがいるとすれば、相当数にのぼることが予測される。
生存者発見に備えてハンヴィーの容量をあけておきたかったが、優先するべきは今いる皆の安全なので、武装は十全にしておく。
それでも無理に詰めれば三、四人は搭乗できる。
決行日は未定。
当日スムーズに移動できるよう、数日にわたって道を整える作業をする必要がある。
ともかく焦りは禁物だ。
お盆の時期くらい、のんびりしたいというのもある……。