勝敗は神のみぞ知る
道路にはかがり火が等間隔で並べられている。
タワーマンションへと続く大通りには、ゾンビの足跡が残されていた。
特区民の血、ゾンビの血、怪物の血。
マンションを襲っているゾンビの足にべったりとついた血。
大通りを追って攻めれば、マンションからの射撃に巻き込まれる可能性がある。
だから僕たちは一本横に入った道を行った。
かがり火に照らされた道路は不気味なほど静かで、マンションの方角からはひっきりなしに銃声が鳴っている。
「時間がない、急ごう」
タワーマンションの前で、田中率いる部隊とゾンビが交戦していた。
マンションに籠城している者の手にも銃が渡っているようで、中から曳光弾の軌跡が続いている。
付近のビルに駆け上がって、僕たちは二階から射撃体勢に入った。
更にイワンの部隊も到着したようで、銃声の数が増した。
西方と南方からも、遅れて警備員が駆けつける。
怒号と悲鳴!
マンションの前でゾンビが足止めされていたからこそ、斉射が効いた。
マンションの入口には土嚢がうず高く積まれ、射撃は窓から行われている。
特区の外にいた僕にはあずかり知らないところであるが、どうやら大通りで撤退戦が行われたらしい。
負傷したゾンビが数多く見受けられる他、特区民の死体が大量に転がっている。
激戦の末、タワーマンションに逃げ込んだ態だ。
マミに連絡を入れると、無事な声が聞けた。
「助けに来たぞ!」
「一時はどうなることかと思ったけど、もう大丈夫、平気よ」
彼女の声には疲労の色がうかがえた。
マミ自身は無事でも、これだけの大乱闘をくぐり抜けたのだ。
精神的にまいっていてもおかしくない。
「窓から離れてろ」
「アイアイサー」
武器を手にとって、銃弾をばらまく。
手持ちの弾全部を使った一斉射撃だ。
銃身が熱くなり、煙が出た。
お構いなしに撃ちまくり、残ったゾンビを片付ける。
腕がちぎれ、足の骨が砕け、頭部が損傷したゾンビの断末魔が響き渡る。
まさしく大合戦、地獄絵図のような光景だった。
東方から陽光がさした。
時間の感覚など忘れていた僕は、朝の到来を天啓にも等しく感じた。
太陽が昇ればゾンビの動きも鈍くなる。
激しい戦闘は終わり、あとは残った敵を撃ち倒すのみとなった。
しかしまだ気は抜けない。
特区内に侵入したすべてのゾンビを倒さなければ、通常の生活には戻れない。
「銃声が落ち着いてきたけど、外の様子はどう?」
再びマミから連絡がきた。
「マンション前の戦闘は終了した。特区に散らばったゾンビを片付けるのに討伐隊を出すから、作戦本部にいる五体満足の者には出席するよう言ってくれ。もう一頑張りだ」
「長かったわね……」
「ああ、本当にお疲れさん」
「あのさ、外でヒューイを見なかった?」
「一緒に避難してるんじゃないのか?」
「そのつもりだったけど、捕まらなかったのよ」
「残党狩りと平行してヒューイの捜索もやろう」
「頼んだわ、私は……ちょっと疲れた」
それは僕も同感だった。
早いとこ終わらせて眠りたい。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
特区内の清掃には思ったよりも時間がかかった。
時折、狙撃隊の発砲音が街に響く。
そう、狙撃班を配置する必要があるほど、道路に残ったゾンビは多かったのである。
そのほとんどは負傷した末に這って移動するしかできなくなったゾンビだった。
彼らもタワーマンション前の総力戦に参加する腹だったのだろうが、時間切れで街をうろつくハメになっていたのだ。
1体1体丁寧に片付けていくので、どうしても人数と時間が要った。
生き残りの怪物も何体かいた。
パンケーキガメや芋虫のような超大型の怪物はいなかったけれども、腕の太いのやキマイラ型のものが単独でさまよっていて、不意に出くわした警備員が怪我をする事態にまでなった。
急遽ダネルMGLで武装した部隊を結成し、討伐にあたらせた。
残党狩りで死者が出るなんてことは避けなければならない。
特区の端まで来たとき、廃墟の中から犬の吠える声が聞こえた。
「ヒューイ!」と呼びかけると、家の中から真っ黒い犬が飛び出してきた。
白い毛が汚れで真っ黒に染まっている。
だがそんなことには構わずに、僕は思い切りヒューイを抱きしめた。
「生きててよかった……」
ヒューイはワンと吠えた。
特区の受けた被害は甚大だ。
死亡者231名、重傷者153名、軽症者302名。
足首の骨をやられた僕は、軽症者の範疇には入らない。
多くの人が死に、また怪我をした。
敵方の幹部、青年ゾンビの言っていた知能が高いゾンビというのは結局見つからずじまいだった。
戦闘の最中は一度も青年ゾンビの姿を見かけなかったし、これから姿を現すかどうかも分からない。
今になって僕は、あいつこそが知能のあるゾンビで、大軍を率いていたのではないかと考えた。
僕たちに偽の情報を流し、特区を壊滅させる作戦だったのではないか。
ともかく街の立て直しをしなければ。
余韻に浸っている暇などない。
討伐隊に参加していた僕は、一度作戦本部に戻ることにした。
昼過ぎのことである。
マミの顔が見たくなった。




