殺って殺られてまた殺って
形勢は逆転した。
強化ゾンビの群れが侵入してきたというのに、あっけにとられた警備員たちは硬直して銃を構えすらしない。
僕もまた、なにが起こったのか理解が追いつかずに固まっていた。
真っ先に動いたのは希美だった。
彼女はこういった状況に臨機応変に対応できるタイプではない。
むしろパニックを起こして暴れるタイプだ。
希美はパニックに陥った。
しかしそれが、この場にいた全員の命を救う結果となった。
希美は銃を構え、一心不乱に乱射した。
マガジンに込められた30発の銃弾などすぐに無くなる。
すると彼女は目にも留まらぬ速さで再装填し、芋虫めがけて発砲した。
側面に何十発もの銃弾を食らった巨大な芋虫はのたうちまわり、削岩機に似た顎を振り回した。
それが強化ゾンビに当たり、恐るべき破壊力で体を打ちつけられた10体ほどがこっぱ微塵になった。
それを見てようやく我に返った警備員が、銃を構える。
遅れて僕もSCARの下部に取り付けられたM203で、群れの真ん中に炸裂弾をお見舞いした。
破片が強化ゾンビの頭部を貫き、何体かが倒れる。
あいた穴からはよどみなくゾンビが出てきている。
僕たちの立っている壁は、階段を使わなければ上がれない。
しかし強化ゾンビの跳躍力は化物じみていて、3mの壁を余裕でよじ登ってきた。
足元に手をかけてよじ登ろうとするゾンビの顔面を、銃床で殴りつける。
落ちてバランスを失い、倒れたところに銃弾を叩き込む。
壁の上には既に何体かのゾンビが上がってきていて、警備員と戦っている。
アッ、と思った瞬間、僕の目線の先にいた警備員が噛まれた。
喉元に食らいつかれ、そのまま腕力で首と胴体を引きちぎられる。
「希美、緊急連絡だ!」
「わかりました!」
彼女は無線機を取って、マミに連絡する。
門は閉まったままであるが、陥落したのと同義だ。
退避しなければ殺られてしまう。
だが退避するときに通る階段、道路にはゾンビが大量にいる。
特区内に侵入されることなど考えてもいなかったので、内部には爆弾も罠も仕掛けていない。
全滅するのは時間の問題だった。
「連絡終わりました。応援が駆けつけるそうです」
「時間は、どのくらいかかる!」
「約10分です!」
遅すぎる。
とても10分も持ちこたえられない。
「警備主任! 警備主任はどこだ!」
全体に指示を行き渡らせるために警備主任を呼んだのだが、隣りにいたはずの彼はいつの間にかいなくなっていた。
混乱した警備員の銃弾は、ほとんどが当たらずに地面に着弾している。
対照的に、獲物を見つけて活気づいている強化ゾンビの脚力、腕力は増しているように見えた。
「危ない!」
希美が悲鳴をあげる。
よそ見した隙に、足を掴まれた。
ものすごい握力で、足首が地上に引っ張られる。
「いてえっ!」
足首に激痛が走った。
痛みで満足に銃を構えられない。
このまま地上に引きずり落とされて食われるか、足首を引きちぎって逃げるか。
2つに1つしかないと覚悟したとき、壁の上を猛ダッシュしてきた男と目が合った。
「エイヤー!」
男は謎の掛け声と共に、89式5.56mm小銃の銃剣を強化ゾンビの目玉に突き刺した。
ゾンビの全身が痙攣して、握力が弱まる。
僕は足を引き抜いた。
「助かった、もうダメかと思った」
「なにを言ってるんですか、さあ、こちらに」
男の顔には見覚えがあった。
いつか紹介状を書いてやったアラフォーだ。
たしか村上とかいう名前だったはずだ。
彼は壁の外側、つまり特区の外に飛び降りて、下で腕を広げた。
「受け止めます、飛び降りてください!」
「いや、しかし……」
壁の上ではまだ何人もの警備員が戦っている。
形勢は不利で、全滅は確定しているといっても、彼らを見捨てるわけにはいかない。
「あの人の言うことに従いましょう」
希美が言った。
「ダメだ、僕はみんなを見捨てられない」
「心中するつもりですか!」
心中、という言葉が胸に刺さった。
脳裏に浮かんだのは、マミや田中、中島たちの顔。
ここで死んでたまるかという思いが湧き上がった。
「くそったれ……」
なるべく勢いを殺して飛び降り、村上に抱きとめられた。
次に希美が飛び、村上がキャッチした。
上にいたときにはまったく見えなかったが、先に飛び降りた警備員が下から発砲していた。
「これからどうしますか……」
希美が悲観的な声をだす。
マミから指示が出た。
「前哨基地と狙撃班から人員を向かわせました。合流して内部の敵に攻撃してください。作戦本部に避難している予備役を動員して、挟み撃ちにする作戦です。みんな、大変だと思うけど頑張ってね」
こう次から次へと指示してくれると、戦闘が楽で助かる。
「聞いたろ、移動だ。村上、発砲している警備員を集めろ」
「アイアイサー!」
戦局は刻一刻と変化していく。
マウントの取り合いだ。
諦めるわけにはいかない。
「一度は驚かされたが、二度目はないぞ……」
全員の息の根を止めるまで戦ってやる。