攻城戦、不利は攻め手か防ぎ手か
「わたくしが偵察してきた感じですと、ゾンビ軍団の兵力はざっと見積もって二万体といったところでしょうね。大多数が歩行ゾンビ、ノロノロと移動するのであなたがたの敵ではないでしょう。しかし、筋肉モリモリの輩が約3000体ほど。これが厄介です。彼らは動きが素早く、肉体的にも優れている。役割は中隊長、大隊長という具合で、散り散りになって他のゾンビを補佐しています」
夜、裏口で青年ゾンビと落ち合うと、早口にまくし立てられた。
敵の兵力は思ったより多い。
無論、青年ゾンビの見立て通り、通常のゾンビは僕たちの敵ではない。
だが強化ゾンビが3000体だと?
しかも分散して、通常のゾンビにまぎれているという。
M82の12.7x99mm弾で精密射撃、あるいはOSV-96の12.7x108mm弾で叩き潰すか。
強化ゾンビに壁まで到達されるのは非常に危険だ。
強化ゾンビの腕力なら、漆喰で塗った壁など簡単に破壊できる。
壁は構造などないも同然で、人が乗っても壊れないよう簡単な木枠を砂袋やモルタルで補強したにすぎない。
もし壁を破壊されれば、敵はそこを狙って特区内に侵入するだろう。
中には戦闘に慣れていない女性や子供もいる。
新しく加わった人員は銃の扱いにさえ慣れていない。
「続きを話しますね。外骨格のようなものに覆われた、体長5メートルほどのデカイのが約100体。人間サイズの翅型が300匹くらい。目立った戦力はこんなものですね。現在は特区の東、12km地点で祈祷師による閲兵が行われています」
「暗示をかけているんだろうな」
心底いまいましい奴らだ。
「東に12kmか……手を打とう」
立ち去ろうとしたイワンを、青年が止めた。
「少々お待ちを。私の作戦をお伝えしておきます」
「お前の作戦だと?」
拳銃を抜こうとしたイワンを、僕が止めた。
青年はそれを見て、やれやれといったふうに首を振る。
「協力して事にあたるのか、そうではないのか決めてください。わたしも暇ではないのです」
「作戦を聞こう」
「祈祷師の暗示を解くのは不可能と言わざるを得ません。だから誤情報を流して、守りが最もカタイ場所に誘導しましょう。ですからあなたがたは……」
「御託はいいからさっさと言ってくれ」
「守りがカタイのはどこか教えてください」
僕は教えるのを躊躇した。
守りが堅い場所を教えるというのは、つまり手薄な場所を教えるのと変わりない。
彼はそれを聞き出して、敵に教えるつもりではないのか。
イワンも同様の考えを抱いたようで、チラと見ると首を小さく横に振った。
「それは教えるわけにはいかない」
「そうですか、残念です」
言葉とは裏腹に、彼は残念がっている様子ではなかった。
むしろ楽しんでいるといった感じで、薄笑いを浮かべている。
「仕方ありませんね、それなら正面に誘導します。信じるか信じないかはアナタ次第です」
青年ゾンビの口ぶりは、まるで都市伝説芸人の関暁夫のようだった。
心なしか顔がフリーメイソン会員に似ている。
フリーメイソンの入会儀式はトルストイの戦争と平和にも事細かく書かれていて、謎でもなんでもない。
「ちょっと」
イワンに呼ばれ、青年ゾンビから離れて小声で会話した。
青年ゾンビは「どうぞお好きに」という表情で別に止めなかった。
「戻る前に総攻撃がいつか聞き出す。あいつの言っていることは、俺には信じられん。決断は君に任せるが、事態がどう転ぶにせよあいつは必ず処理してくれ。いいか、必ずだぞ」
「わかった」
僕たちは表情を取り繕おうともせず、青年ゾンビの元に行った。
依然として彼は薄笑いを崩さない。
「敵の構成はわかった。次は攻撃の時刻を教えてくれ」
「時刻を調べるのには苦労しました。結論から言うと、明日の夕暮れと同時に侵攻が開始されます」
イワンが踵を返し、裏口に入る。
青年は気にしていないみたいだった。
「よし、これでお前のことを信用してもいいような気分になった」
「本当ですか? それでは約束の件を……」
「嘘か本当かは、攻撃が始まればはっきりする。それまでは何も約束できない」
青年は肩をすくめた。
「では、後ほど」
そう言って芝居がかった足取りで路地に消える彼を見送ってから、僕も特区に戻った。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
作戦本部に帰ると、みんな心配そうな顔をしていた。
僕とイワンは偵察から戻ったことになっている。
「どうだった?」
マミが真っ先に口を開いた。
「ざっと見た感じだと二万体、東に集まってる」
二万という数字を耳にして、さすがに全員がビビった。
「おお……」という衝撃とも恐怖とも言いがたい声が重なる。
僕も青年ゾンビから聞いたときには冷や汗が出た。
「こっちの配置に変更はない。警戒を続けてくれ。僕の予想だと、攻撃が開始されるのは明日の夜あたりだ」
「どうしてそんなことが分かるの?」
中島が言った。
「大軍に加わる列がまだ続いていたからだ。全員の準備が整ってから攻撃するのは、人間もゾンビも変わらんだろ」
適当なことを言ってごまかした。
状況を伝えにそれぞれが散ったあと、僕は中島に話しかけた。
すべての裏口を封鎖しろと命じて、人員をあてがった。
警備を正面に集中させなかったのには理由がある。
もともと正面の警備が一番強固だったからだ。
これ以上集中させれば、別の部分が手薄になる。
それから僕もイワンと同じく、青年ゾンビを信用していなかった。
イワンから無線が入った。
「明日、夕方に何人か連れて斥候に出る」
先手必勝というわけだ。
人数不利の籠城。
じっとしていては数で押し切れらてしまう。
総攻撃の時刻が分かっているからといって、それを待つ必要はない。
「ドローンで空爆した後、特区に引き返すか、狙撃班と合流する」
「了解、健闘を祈る」
いよいよだ。
いよいよ戦が始まる……。