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戦の興奮は子供の頃の運動会のよう

特区に着くとタワーマンションの一階に作戦本部を設立した。

各班から二人ずつの六人を指揮官として、他には狩人ハンターのリーダーや警備主任が出席し、最終的には用意した椅子が足りなくなるほどの人数に膨れ上がった。

人数は徐々に減っていくはずだ。


警備員の配置を変えろと命じると、警備主任が席を外す。

武器を配れと命じると、狩人ハンターが出ていく。

このように順番に役割を与え、最後には20人ほどがフロントに残された。

イワンは爆弾の設置や、重機関銃、対物ライフルの設置に駆りだされているので最初からいない。


「集まっていたゾンビの詳細な数は分からないんですか?」

希美が言った。


彼女は秘書として例外的に出席している。

希美の横にはマミが座っていて、他の工場班メンバーは準備にとりかかっている。

上階で武器を運んだりしているのだ。


「明日またイワンと偵察に行ってくるつもりだ。今度は人数を把握できると思う」

「危険だわ、二階も近づくなんて」

マミが言う。


「大丈夫、ゾンビは移動に気を取られているふうで、周りに関心がないみたいだったから」

「それでも人数を調べるには、かなり接近して調査する必要があるでしょう……」


僕は彼らに喋るゾンビの件を言っていなかった。

信用できるか分からない以上、彼の存在は混乱を生むだけだ。


考えてみれば、密告する気があるならとっくにやっていてもおかしくない。

既に特区の情報に精通しているようだったし、それをゾンビに伝える(彼の話では、会話できる知能をもつゾンビが少ないながらに存在しているとのことだった)ことなく僕たちに近づいたのは、何らかの意図があるからだろう。


それが彼の言った要求通りなのかは不明だ。

嘘をついて中に潜り込むのかもしれない。

正式に居住を認めたとなれば、彼は堂々と街中を闊歩できる。


「時期が来たら殺る」

イワンはそう言っていた。


しかし青年ゾンビの口ぶりは、明らかに自信満々といった感じだった。

何らかの対策を打っているに違いない。

明日までの辛抱だ。

明日になれば、青年ゾンビから敵の人数、構成を聞き出せる。


もし嘘の人数で騙そうとしたら?

そのときは重機関銃で大軍と応戦するだけだ。

敵が何体だろうがそれは変わらない。


「地対空装備はどのくらいあったっけ」

僕は尋ねた。


「一応RPG-22がありますが、使えるかどうかは状況次第ですね。そのパンケーキガメに似たやつが地上に接近したときには、充分効果を発揮できるでしょう」

カズヤが答える。


「でも重機関銃頼みになりそうね……」

「不安か、中島」

「当たり前よ! こんなこと今までなかったのに、なんでいきなり……」


それは僕も同感だった。

特区設立から現在に至るまで目立った支障はなかった。

それがここにきて、自衛隊に襲撃されたり、今度はゾンビの大軍相手に戦争だ。

不安になる気持ちは分かる。


狙撃班が、既に配置について待機している。

主に女性陣で構成された狙撃部隊は、これから戦闘開始まで待機場所で寝起きすることになる。

M82、OSV-96対物ライフルは固定砲台としてイワンが据え付けた。

それぞれ個人用の武器も携帯しているので、柔軟に対応できる準備が整っている。

脱出用の懸垂下降ラペリングロープも設置済みだ。


青年ゾンビは、敵を撹乱かくらんすると言っていた。

なるほどそれはありがたい申し出だ。

しかし撹乱が上手くいかなかった状況でも対処できる準備をしておくべきだろう。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



興奮と多くの業務で徹夜した翌日、下準備をあらかた終えたイワンが作戦本部に立ち寄った。


「悪いな、外のことを任せっきりにして」

「あとは爆弾を取り付けるだけだ。一眠りしたら仕事にかかる」


僕も夜までに休息をとっておかなければ。

危機が迫っていると、頭が冴えてどうも寝付けない。

徹夜明けだというのにまったく眠くないのは、悪い兆候だ。


「寝ておけよ、戦闘中に居眠りをされちゃかわなん」

イワンが茶化して言う。


「ああ、これだけ終わらせたら休むよ、お疲れ」

「じゃあまた夜に」


彼は家に帰らず、マンションの一階にある部屋を使う。

朝方にユキがアンナを連れて来て、今その部屋にいる。

ユキは仕事でちょくちょく抜けるが、その間はマミがアンナの面倒をみているので心配ない。


「さて、もうひと頑張りだ」


残った仕事を片付けてから、僕は作戦本部にある二人がけの椅子に横になった。

いちいち最上階まであがるよりここで寝たほうがいい。


日暮れまで6時間強。

青年ゾンビを信用するとしても、敵がいつ攻めてくるのかは分からない。

次の瞬間に前哨基地や狙撃班から連絡がきて、敵の軍勢が攻めてきたと報告があるかもしれない。

それを考えると、おちおち眠ってなどいられないではないか。


寝転んで目をつむっても、案の定眠くならなかった。

薄目を開けて作戦本部に目をやった。

午後になって人の出入りが活発化している。


熱気にあてられて、弾をもっとよこせと中島に詰め寄る者もいる。

補給は随時行うから問題ないと説明しても、一向に退かない。

そのうちにボディーガードにつまみ出された。


これでおにぎりとお茶があればな、と僕は思った。

不謹慎ではあるが、子供が運動会を楽しむときのようにワクワクしていた。

僕は子供の頃運動会があまり好きではなかった。

だからこそ、失ったワクワクを取り戻すため今になって楽しんでいるのかもしれない。


「なにニヤニヤしてるのよ」


急におでこに冷たいものが当たった。

目を開けると、マミがお盆を持って立っていた。


「みんな疲れてるからと思って、おやつを作ってきたわ。それからお茶も」

「ありがとう、皆に渡してくれ。きっと喜ぶぞ」


戦が始まる……。

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