“喋るゾンビ”が満を持して登場!
ゾンビの数が増えてきた。
それも不可思議な状況で、特区とは反対方向に歩くゾンビの群ればかりが目に入る。
人間サイズで、のろのろ行進する歩行ゾンビ、電柱よりも若干高い位置を飛ぶ翅型ゾンビ、各種独特の形をした怪物群、頑強な肉体を持つ強化ゾンビ、そして強化ゾンビの亜種、様々なゾンビが大集合して、互いに争い合うでもなく、ひたすら一方向を目指して進んでいる。
僕とイワンは、ゾンビの大行列を観察するべく手近にあったビルに侵入した。
五階建ての雑居ビルは、構造壁が無事だったから生き残っているだけで、今にも崩れそうなボロボロのビルだった。
窓もほとんどが割れていて、中は空っぽだった。
どうやら取り壊しの途中で放置された建物らしい。
隊列を組んでいるわけでもないのに、ゾンビの行進は秩序だっている。
各種ごとに歩くスピードが違うのに、乱れることなく進んでいく。
まるで意思疎通がとれているかのような自然な足運び。
「あんな大量のゾンビは初めてだ」
僕は隣にいるイワンに、小声で話しかけた。
イワンもこの光景には驚いているようで、釘付けになっていた。
予想した通り、この状況ではいかなる武器も役に立たない。
一発でも撃とうものなら四方八方から囲まれて、タコ殴りにされるだろう。
「おい、あれが二宮が言ってた奴じゃないか」
僕は道路の端を指差した。
女のミイラのような細いゾンビが、隊列にピッタリ張り付いている。
この距離からではよく分からないけれど、おそらく二宮の言ったように何らかの暗示をかけているのだろう。
ロード・オブ・ザ・リングで、ハラド軍がオリファントを連れてペレンノール野の合戦に向かっているときのようだと思った。
さしずめ僕とイワンはサムとフロドである。
「急いで帰ってみんなに知らせなきゃ。この様子じゃ、こいつらすぐにも攻めてくるぞ」
「ああ、大戦争になるな……待て、静かに」
羽音と共に現れたのは、いつか見た巨大翅形ゾンビだった。
暗くて輪郭くらいしかわからなかったが、今回のは巨大蛙の形ではなく、パンケーキガメにヤマセミの羽をくっつけたような姿をしていた。
カエル型よりも更に巨大で、背中に強化ゾンビのような人型を幾人か乗せいるようだ。
「どうなってんだ? これじゃまるで本当に意志があるみたいじゃないか」
「ハリウッドもビックリだぜ……」
イワンはちょっとわけのわからないことを言った。
「彼らには指揮官がいます」
僕が言ったのではない。
イワンでもなかった。
雑居ビルの奥、暗がりから現れたのは、血色の悪い一人の青年だった。
ロカビリーを意識しているのか、格好が些か古い。
そしてやたらとクネクネ腰を動かしていて、頭がおかしくなったジョニー・デップのようだと思った。
「何者だ、三秒以内に答えろ」
銃を向けて問いただす。
彼は首を横に振り、やってられないという身振りをした。
立ち去るでもなく、腰を落ち着けるでもなく、その場をクネクネしながら歩きまわる。
ブツブツとひとりごとを言っているようだったが、内容は聞き取れなかった。
「私が、親切にも助けに参ったというのに、こんな有様ではとても……銃をおさめてくださいますか」
僕とイワンは顔を見合わせた。
銃口を下げ、青年に詫びる。
「いきりなり現れたもんだから驚いただけだ。許してくれ、攻撃する気はない」
「いえ、私のようなゾンビを不審に思うのは自然のこと。別に気にしてはいませんとも」
「は?」
僕は無意識に聞き返していた。
「ですから、私はゾンビです。あなたがたの力になればと思い参上した次第です」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
ともかく雑居ビルから離れる必要があった。
青年の言葉をうんぬんする前に、急ぎ特区にこのことを知らせなければならない。
青年には静かについてくるように言い、僕たちは移動した。
少し移動すると、ゾンビの街にいるゾンビの数は激減した。
やはり10km圏内には近づかないようになっているらしい。
特区まであと2kmとなったとき、僕たちは足を止めて青年に向き直った。
彼の言葉は到底信じられないとはいえ、二宮が言ったことが事実だった以上、どんなことが起こっても不思議ではないという思いがあったからだ。
もし二宮の言葉が嘘だったら、この青年のことも信じていなかっただろう。
「ゾンビかどうか確かめたい? 簡単です、脈をみてください」
言われたとおり僕は青年の首筋に手を当てて脈を測った。
間違いがないよう何度かやってみたが、青年の心臓は止まっていた。
「近づくな!」
脈がないとわかると、僕は青年から飛び退いて、銃を構えた。
油断して噛まれたらひとたまりもない。
「銃をおろして。同じことを幾度も言わせないでくださいよ」
「信用ならんな、なにが目的だ」
「取引したいのです。あの軍勢を撹乱しましょう。情報があればすべてお伝えします。もっとも、奴らは言葉を介さない並のゾンビ、有益な情報はほとんど得られないといっていいですが、それでも上の者であれば、少しは知能があるようです」
「それで、こっちはなにをすればいい」
「人並みの生活を与えてください。特区で保護していただきたいのです」
「それはダメだ。お前を中に入れて、妙な気を起こされでもしたら一晩で特区は壊滅する」
「ならば私はゾンビどもに与しましょう。本意ではありませんが、特区の内部情報を奴らに告げ口すれば、よろこんで迎え入れてくれるでしょう」
「ゾンビのくせに一端の口をききやがって、今撃ち殺してもいいんだぞ」
AS Valの銃口を青年の喉元につきつける。
お喋りにはうんざりだ。
「撃つな」
イワンが言った。
「信用するには順序がいる。敵の人数と構成を教えてくれ」
「すぐに調べて参りましょう、明日の夜、特区の裏口でお待ちしております」
青年は手を上げながらじりじりと後退して、路地に消えた。
「なんで止めたんだ」
「殺すのは情報を引き出してからだ。利用価値があるうちは生かしておく」
「裏口の場所まで知ってる奴だぞ、他にもなにを掴んでいるか。密告されたら特区はおしまいだ」
「裏口は封鎖する。緊急事態だ、特区民全員にライフルを支給する。警備の配置も変えるんだ。帰ったらすぐ準備にとりかかる。街中に爆弾を設置して、いつでも起爆できるようにしておく。狙撃手を空きビルに置いて、監視を徹底する」
「お、おう」と僕は思った。