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二宮が語った興味深いこと

三日後、ユキから連絡があったのでイワンの家に行った。

深刻な顔をしているイワンとユキが居間に座っている横で、アンナが銃を分解していた。

ふたりの表情から察するに、なにかまずいことが起こったのは間違いない。


原因はやはり二宮だった。

寝不足と薬で朦朧もうろうとした意識の彼に、繰り返し何度も質問した中からおぼろげに見えてきた事実。

どうやら二宮は心底怯えているようで、ほとんど支離滅裂といっていい内容の話をした。


それは彼の同僚がゾンビに操られていたとか、同僚を操ったゾンビ以外にも他者の意識に干渉できるゾンビがいて、特区から10kmの位置に大軍を控えさせているといったことだった。

大方、助かりたくてデタラメを言っているのだ。

そのようなゾンビは見たことがない。


「嘘はつけないはずなのよ」

ユキが呟くように言った。


「おそらく事実だと思われる。今夜あたり偵察に行ってくる」

「僕も行くよ。嘘だとしてもタチが悪い」


暗い室内でいつも陽気なふたりが暗い顔をしていると、こっちまで不安になってくる。

僕は閉められたカーテンを開け、アンナに他の部屋に行くよう言った。

アンナを追って、ユキが部屋から出ていった。


「そんなに悪いのか?」

改めてイワンに尋ねる。


「分からないが、二宮が見た光景が本当だとしたらヤバイかもね」

「大軍って規模はどのくらいなんだ」

「彼の話では、都内にいる全ゾンビと同僚らしい」


都内のゾンビが特区を攻めるために集まっている?

たとえゾンビを操るゾンビがいたとしても、都内のゾンビを全部集めてくるのは難しいはずだ。

それこそデタラメに決まっているではないか。


「どうやら俺たちの知らないホットスポットがあるらしい。ゾンビの流入源はそこだ。言うならば大移動だな。明確に特区を襲おうとしているのではなく、大移動の道中に特区を通るように誘導していると考えたほうが自然だ」


イワンの論理は筋が通っていた。

解せないのは、二宮の語ったことを事実だと前提して譲らないことだ。

それだけ自分の尋問術に自信があるのだろう。


「嘘をついているって可能性はないのか」

「ほぼゼロだ。ユキの言ったように、彼は嘘をつける精神状態じゃない」


特区から10km離れているというと、相当な距離だ。

車を手放してからは、特区から10km離れるなど滅多にやらない。

むしろ10kmを基準に、特別な作戦や遠征でもないかぎり半径10km以上に出ないことを義務付けていたくらいだ。

それを知った上でギリギリのラインにゾンビを集めているとなれば、なるほど厄介な智将だ。


「僕も行くよ」

先ほど返事が得られなかったので、僕は念を押して言った。


「残ってくれ、これは俺ひとりでやる」

「ボスとしてこの目で確かめたいんだ。行かせてくれ」


イワンは頑として首を縦に振らなかった。

僕には彼がここまで意固地になる理由がわからなかった。

イワンがビビるほど危険なヤマだということだろうか。


「二宮の話では、敵は生きた人間をも操作できるらしい。俺は君を殺したくない」

「もっと信用してくれてもいいもんだ。僕たちはもう何年も一緒にやってきたんだぜ。同志イワン、僕は君がダメだと言っても一人で行くよ」


イワンは腕組みをしてうなった。


「そこまで言うなら仕方ない。出発は今夜8時だ、遅れるな」



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



午後8時2分、僕とイワンは人目につかない路地にある極秘の通路から特区外へ出た。

パニックになってはいけないので、この件はイワンとユキ、そして僕しか知らない。

もしも僕たちが戻らないときの対処は、一日かけて書類にまとめ、ユキに渡しておいた。

遺書も書いた。


最近は足を運んでいないとはいえ、10km圏内は庭のようなものだ。

車が使える頃には縦横無尽に駆け巡った。

道の車は全部路肩に避けてあるし、地図も暗記している。


問題があるとすれば、ゾンビの頻出位置が以前と変わっていたり、河童ゾンビが現れたときのように水没した箇所があることだ。

それもイワンと一緒に慎重に行けば、さして問題ではない。

僕たちはAS Valを武器に選んだ。


暗視装置の視界は狭い。

イワンに置いていかれないように、背中を追う。

常に小走りで、物陰に身を潜めながら移動するので、腰に負担がかかる。


しかし僕の心は妙に高揚していた。

こんな任務は久しぶりだ。


特区まわりの地図に詳しくない二宮は、具体的な地点までは言わなかったという。

だから僕たちはとりあえず特区から10km離れ、円状にぐるっと周る計画だった。

3km移動したところで、最初のゾンビに会った。


ぜんぜん大軍ではない。

まだ3kmしか離れていないのだから当たり前かもしれないが、ちょっと気が楽になった。

犬が威嚇するときのような声をあげながら、6体の強化ゾンビが道を歩いている。


実験の生き残りだろうか。

強化ゾンビは負傷していて、6体とも血を滴らせていた。

イワンとアイコンタクトして、車の陰に隠れて射撃の構えをとる。


9x39mm弾は非常に殺傷能力の高い銃弾だ。

大型の減音装置サプレッサーが装着されているAS Valと合わせれば、まさに鬼に金棒。

音もなく強化ゾンビ6体を仕留め、急ぎその場を後にする。


「やるな、武田」

走りながらイワンが言った。


「もうお兄さんとは呼ばせないぜ」

僕は調子に乗った。


偵察任務だから、AS Val以外に武器は持ってきていない。

どちらにせよ話が本当なら二人では対処しきれない。


アスファルトがゴツゴツしていたり、穴があいて水が溜まっていたりと道の状態が悪く、思ったよりも時間をとられた。

最近は仕事にかまけて訓練をサボっていたせいか、足がもつれて何度か転んだ。

その拍子に尖った石で腕を切った。


「大丈夫か?」

イワンは立ち止まり、小声で言った。


「平気だ、急ごう」


僕の心臓は高鳴っていた。

心地いい高揚感に満ちあふれている!

あってはならないことだと頭では否定しつつも、体が、生の充溢を実感してしまっているのだ。


生きているという感覚。

ミスをすれば即死亡という状況が、生の感覚を強調する。

口の中を噛んで必死にこらえるも、今にも叫びだしそうな気分だった。

これだ、これだ!

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