大学講座 尋問倫理
深夜、希美に叩き起こされた。
彼女も仕事だから仕方ないとはいえ、起こすならもう少し優しく起こしてほしいものだ。
寝ぼけ眼をこすりながら明かりをつけて、どうしたのか尋ねると意外な答えが返ってきた。
「自衛隊の残党を確保しました」
聞き間違いかと思い、再度聞き返した。
「自衛隊の残党を、前哨基地の者が確保しました」
「あれだけ探しても見つからなかったのに、今更前哨基地で?」
「朝イチで報告をと思いましたが、最優先事項と判断してすぐに報告に上がりました次第です。確保は15分前とのことなので、現在前哨基地で尋問が行われている最中かと思います。じかにご覧になりますか?」
僕は思案した。
特区外に逃げていたのなら、なぜ前哨基地などという近場をうろついていた?
てっきりもうかなり遠くまで逃げたものと思い込んでいた。
第二陣を派遣してきた?
確保した隊員はデコイで、本陣が迫っているのか。
「捉えた人数は」
「報告では1名のみです。他にも潜んでいないか捜索中だそうです」
「至急各班に連絡して警戒にあたらせろ」
「既に中島班、カズヤ班、イワン様に連絡済みです」
結構な手回しだ。
これなら前回のように潜り込まれる確率は低い。
希美の手腕に感心しつつ、時計を見る。
午前4時30分。
夜明けまでにはまだ時間がある。
「夜明けと共に前哨基地へ向かう。準備してくれ」
「かしこまりました」
ユキの実験があったおかげで、前哨基地付近のゾンビは減っている。
今の特区周辺は、かつてないくらい安全になっているだろう。
もしかして敵の狙いはそれだろうか?
ゾンビが少なければ、大群を率いても静かに行動できる。
前のような強行突破を、分隊規模でなく中隊、あるいは大隊規模でやられたら、全面戦争になる。
上層部だけでは足りず、特区民を動員しての大規模戦闘になる。
敵味方の区別が曖昧な今は、なんとしてでも避けたい事態だ。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽
前哨基地に到着すると、まっすぐ香菜のところに行った。
彼女が尋問の指揮をとっているということだ。
「首尾はどうだ」
「夜の間中街を探したけど、捕まえられたのは最初のひとりだけ。捕虜は協力的よ。質問には何でも答えてくれる。怪しいくらいにね」
「なにか吐いたか」
「分屯地の位置、武装、隊員の数、特区への侵入経路、よくもまあ覚えていられると感心するくらい喋ったわ」
尋問に耐えるコツは、とにかく喋ることだという。
真実に嘘を混ぜたりして、でたらめを言いまくる。
誇張、作り話、解釈を含む意見、休みなく喋りまくって相手を混乱させる。
大量の情報を掴まされた尋問する側は、いちいち真偽を確かめなければならない。
本人に直接尋ねても「真実だ」と言うに決まっているから、たいていは足を使って調査する。
「向こうもプロだね。大滝根山なんて行けるはずないって分かってて言ってるのよ」
「調べられるものだけに絞って調査させよう。他になにか言ってなかったか?」
「それが、ひたすら謝ってるのよ。特区に入れてほしいみたい。そのためならなんでもするって言ってるけど、どうするの? これ私が決めることじゃないから」
「マニュアル通りに進めてくれ。それが終わって問題ないなら、イワンに引き継ぐ」
「了解、じゃあもう一回最初からね」
僕は特区に引き返して、イワンと会った。
イワンとユキはもう自分たちの住居に戻っている。
彼らは現在一戸建てに住んでいる。
特区設立の際、マンションに残るというユキを説得して移り住んでもらった。
一戸建てでは危険だと思うかもしれないが、庭に罠、壁に鉄板、入り口にはブービートラップと、相変わらずの忍者屋敷となっているから平気だ。
用のない特区民は、この家の半径40mには近づかない。
ユキが気まぐれで撃った亜音速弾が命中したとしても、自己責任で済ませられるからだ。
イワンかユキの案内がなければ、僕でも入り口につく前に死ぬ。
「イワン、頼みがある。尋問の準備をしてくれ」
「夕べ捕まえたっていう自衛隊員を尋問するのかい?」
招き入れられて早々に、僕は本題を切り出した。
「向こうで問題がなければ、ただちに移送されてくる。こっちの尋問は準備がいるだろ」
「きついけど、本当にやるの?」
「きつくなかったら意味がない。頼んだからな」
「アイアイサー」
嘘をついていないと確実に分かるまでは、安心するわけにはいかない。
知っている情報は全て吐いてもらう。
手段は問わない。
イワンに任せた尋問は、捕虜を長時間寝かさない不眠の刑に似たものだ。
もうちょっと近代的な方法でやるらしいが、詳しくは僕も知らない。
下手をすれば後遺症が残るくらいにきつい。
ジュネーブ条約が機能しているとはいえない現在、国連が出張ってくる心配もない……。