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相談/実験

挿絵(By みてみん)


三日経って風邪がだいぶ良くなってきた頃、香菜が見舞いに来た。

これから前哨基地に向かうという彼女は忙しそうだった。

XM8 Sharpshooterを小脇に抱え現れた香菜は、居心地が悪そうにしていた。


「これから仕事か?」

「ええ、ユキが実験をするとかで、その護衛」

「気をつけろよ、強化ゾンビが手強てごわくなってる」


妙にもじもじしている香菜。

ふとマミが言っていたことを思い出した。

妬んでいるとかそういう話だ。

まさか、と僕は考えを打ち消した。


香菜に限ってそんなことがあるはずがない。

彼女と僕の関係は養父と養女のようなものだとずっと思っていた。

ここにきて急に考えを改めるのは難しい。


鈴木や田中はいざしらず、香菜の面倒を一番みてきたのは僕だ。

ひとつひとつできることが増えていくと、自分のことのように嬉しかった。

射撃や体術やサバイバル、イワンやマミに頼ったことも多かったけれど、彼女の最も近くにいて、最も理解しているのは自分だという思いがあった。


だからこそ近頃のすれ違いで胸が痛んだ。

会話をもたせるのは得意ではないが、この場はなんとしても話さなければと思った。


「ユキの実験ってのはなにをするんだ?」

「よく知らないけど、解剖したゾンビの体から特殊なフェロモンが見つかったんだって。それを使って強化ゾンビを集めて、蜂の巣にしてやるって言ってたわ」

「ユキらしいことだな。6.8mmで殺れるのか?」


香菜はフッと笑った後、表情を取りつくろった。


「少しだけ解剖に立ち会ったけど、あれじゃ殺れるはずないわ。全弾お腹に当たってたじゃない。急所を狙いさえすれば9mmでも殺れるはずよ」

「えらく自信があるんだな」

「当然、だてに前哨基地で働いてないわ」


また会話が途切れた。

どうにもやりにくい。

年頃の女の子と話す経験に乏しい僕は、香菜が喜びそうな話題のひとつも思いつかなかった。

マミがいてくれたら……。


「もう行くわ、下でボディーガードを待たせてるし」

「ああ、気をつけてな」

「風邪、早く治しなさいよ」

「善処する」


15歳の少女を働かせておいて、ボスがのうのうと寝ているわけにはいかない。

僕は枕元の机に置いてあった経口補水液を一気飲みして立ち上がった。

寝室を出てリビングに行くと、マミが粥を運んでいるところに出くわした。


「寝てなきゃダメじゃない」

「もう治った。それを食べたら仕事の開始だ」



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



中島、カズヤと会って、配備する武器について話し合った。

問題はパワーバランス。

管理を徹底するとしても、外で謀反を起こされればひとたまりもない。


拳銃だけならまだしも、自動小銃をもった数人に反乱を起こされれば、生きては戻れない。

よしんば今までどおり信用のおける者だけに89式5.56mm小銃を持たせるにしても、渋川や内通者の件があった以上、やみくもに配るわけにはいかない。


「戦力調査の結果を見たかぎり、機関拳銃じゃ埒が明かないのは決定的ですね」

カズヤが資料を手に言う。


「みんながちゃんと言うことを聞いてくれればいいんだけどねェ」

中島はネイルアートを見せびらかすように指を広げている。


「今朝香菜と話をしたが、あいつはやり手だよ。強化ゾンビを恐がってすらいなかった」

「だって香菜ちゃんってユキちゃんのミニチュア版じゃないの。そりゃあ恐がるわけないわ。あの子なら9mmでもやっつけちゃいそう」

「本人もそう言ってたよ。急所に当てれば9mmで殺れるって」


しかしそんな芸当は狩人ハンターにも僕たちにも真似できない。

事故を減らすには、やはり武装強化は避けて通れない。


「提案通り、特区外でのみ89式を支給すればいいんじゃない? このままだと自殺しに行くようなものよ」

「それがベターだと思います」


やはりそれしかないか。

89式を支給するにしても、いきなり手渡して使えと言うのでは意味がない。

訓練は特区内でやらなければならないから、厳重な管理のもと射撃訓練を行う必要がある。

一度に全員ではなく少しずつ、ローテーションを組んで訓練し、実地訓練、実務と順番に難易度を上げていく。


「細かいことはトモヤに任せよう。カズヤ、頼んでおいてくれ」

「アイアイサー」


前哨基地の方角から、銃声が聞こえた。

実験が始まったらしい。


「やってるわねェ」

中島は感慨深そうに言った。


話し合いを終えてマンションに帰っても、断続的に響く銃声は鳴り止まなかった。

最上階の廊下の窓に阿澄がはりついていた。

L115A3で、外された窓から前哨基地の方向を見ている。


「どうかしたのか?」

「あ、おかえり。一緒に観察する? 面白いよ」


見ると前哨基地が強化ゾンビに包囲されていた。

路地から横道からゾロゾロ現れる巨体のゾンビ。

フェロモンとやらに刺激されているせいか、アスリートのような肉体を活かすことなく、まるで酔ったようにフラフラと前哨基地の射程に進んで身を晒している。


地上と屋上の部隊が一体ずつ確実に仕留めていく。

香菜は屋上にいた。

彼女の撃った銃弾は強化ゾンビの喉元を正確にとらえ、即死しないものの呼吸機能を失ったゾンビはその場にうずくまる。


ユキは地上で火炎放射器を振り回していた。

炎が滝のように街中をうねる様子がよく見える。

炎上したゾンビが前後不覚に陥って突進してくると、すぐさま近くの狩人ハンターに火炎放射器を渡し、Saiga-12Sに持ち替えてゾンビの顔面に散弾を撃ちこむ。


「強烈だな」

「若いって素敵よね」


素敵かどうかはわからないが、こんなことは彼女たちにしかできないことだ。

香菜の将来はユキのようになるだろうと昔思ったけれど、本当にそうなるとは。

養父としては複雑だ。

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