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風邪をひくとみんな優しくなる

青空の下、丸太や気の壁、有刺鉄線などを配置したコースを、訓練生が駆け抜ける。

これは優秀な警備員を厳選する目的で作ったコースなのだが、思った以上に反響があり、警備員志願者でない者の参加者も多い。

単なるアスレチック施設と思うなかれ。

実際にやってみるとこれでなかなかきつく、一巡するだけで息が上がる。


僕も久々にトライしてみようかと思ったのだけれど、今日はなんだか具合が悪いのでやめにした。


「彼を混ぜてやってください。先日の外部調査で働いてくれたんで、面接やらなにやらはパスということで」

村上憲郎むらかみのりおです! よろしくお願いします!」


訓練所に村上を紹介して、彼の訓練ぶりをしばらく観察していた。

はじめから業務に加えると色々と不都合が生じると思ったので、訓練所で他の者との顔合わせをと思い連れてきたのだが、歳のわりに村上はキビキビ動いた。

難所を軽々と越え、初めてにしては好タイムを叩きだした。


あるいは僕がいる手前、はりきりすぎたのかもしれない。

二周目があると知った彼の表情が若干曇った。


「休憩をとりながらでいいから、焦らずやってくれ」


僕は二周目を見ることなくその場を後にした。

頭痛がする。

それから胃のあたりがムカムカしてきた。


連日の激務で体の調子が狂ったのだろうか。

どうも朝から具合がおかしい。


修繕した壁の点検は、僕が見ても見なくてもいいような出来栄えだった。

壁がふさがっている、それだけである。

お役所仕事のようなものだ。


誰かが最終的な決をくださない限り、延々とたらい回しになる。

反論を許さない肩書を持った人物が早々に決定を告げるのが一番早い。

特区ではボスである僕がその役割だ。

見なくてもいい壁を見て、これで完璧だと言うのも立派な仕事というわけだ。


さてこれからマンションに戻って武器配備の話し合いだというときになって、頭がぐわんぐわんしだした。

目が回って真っ直ぐ歩くのがやっと。

話すどころか満足に口もきけない有様で、ボディーガードの肩を借りてどうにかマンションまでやってくると、フロントの椅子に座った。

スーッと意識が遠のいて、気づけば自室のベッドで寝ていた。


体が岩のように重い。

部屋には誰もいなかった。

横になっていると、眠気が強まってきた。

再び目が覚めたとき、枕元にマミが座っていた。


「起きた? お腹へってない?」

「食べるものがあるのか……」

体を起こそうとするも、うまく力が入らない。


マミが手で支えてくれて、ようやく上体を起こすことができた。

ひとしきり空咳が出て、支えてくれていた手が背中を擦る感触に、僕は気が抜ける思いがした。


「きっと疲れが出たのね」

「僕は倒れたのか」

「ええ、フロントで。ボディーガードが部屋に担ぎ込んできたときには何事かと思ったわ」

「心配かけてすまない」

「困ったときはお互い様、でしょ。今オートミールを温めてくるから」


間接照明でぼんやりと薄暗い室内。

頭のなかにモヤがかかっているようだ。

鏡を見たらきっとひどい顔をしているに違いない。


せっかくのオートミールも、舌が麻痺しているせいで味がしなかった。

風邪のときはとにかくたくさん食べて寝ることだ。

横になろうとすると、寝室の扉がノックされる音がした。


「誰かしら」


マミが立ち上がる。

扉の向こうにいたのか香菜だった。

彼女は目を伏せている。


「今起きたばかりだから」とか「明日にはだいぶ良くなってると思うから」とかマミが話す声がした。

マミに風邪をうつすことでさえ気がひけるのに、香菜にまで迷惑をかけては大変だ。

彼女は前哨基地の重要人物だから、風邪で倒れればその仕事が他へ回って厄介になる。

マミが説得して、とうとう香菜は部屋の中に入ってこなかった。


枕元に戻ってきたマミは笑みを浮かべている。

何がそんなに可笑しいのだろう?


「ものすごく心配している風だったわ。やっぱりあなたの予想は違ってたわね。嫌いならあんな顔でお見舞いに来るはずないもの。今日は帰ってって言っても、どうしても顔が見たいと言って聞かなかったのよ。あのことを思い出しているんでしょうね。ほら、最初に新潟で会ったときのこと」


「あいつが熱をだして、皆で看病したんだっけか」

「それで香菜ちゃんが目覚めたときに傍にいたのがあなただった」

「偶然だよ。それにあいつは僕を後白河さんと呼ぶし……」


僕はハッキリしない頭で、うわごとのような返答ばかりした。

風邪をひくなんて何年ぶりだ。


「なんでもいいから手伝いたいと頼まれたから、経口補水液を作るよう言ったわ。持ってきたら起こすから飲んでね」

「ああ、少し疲れた。僕は眠るよ……」

「私はずっとここにいるからね」


さっきはいなかったじゃないかと言う前に、意識が途切れた。

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