続・管理職の憂鬱
「というわけで、遠征のときの武装を強化しようと思うんだけど」
今日の出来事をマミに伝え、9mmではゾンビを倒せなかったことから、武装強化を提案した。
彼女は思案気な表情をして答えた。
「そうするしかないみたいね。89式が余ってたからそれを使いましょう。5mmの弾なら余裕があるし、遠征のときだけなら大丈夫かしらね」
「人員を根本的に見直すべきかもしれんな。あれじゃ慣れてない奴がいくら束になってかかっても返り討ちにされる。一緒に行ったひとりが強化ゾンビの変種だと言っていたが、あながち間違っちゃいない。それも強化版、強化ゾンビの強化版とはこれいかに」
「AKMの弾を手で受け止めたなんて、にわかに信じられないわね……」
「僕だって目を疑ったさ。手の甲の骨がべらぼうに硬いに相違ないよ」
「ユキに死体を渡したって?」
「ああ、解剖待ちだ」
実際のところ、僕は現状の仕事でいっぱいいっぱいである。
寝れば仕事の夢をみるし、毎朝サボりたくなる。
サボりたいなァと思いながら朝食を摂っていると腹が痛くなる。
学校に行きたくない中学生のように、トイレにこもることもある。
マミは鍵をこじ開けて入ってくる。
そして仕事に行けと言う。
僕は無理やり行かされる。
マミがいないときは希美が来る。
彼女はピッキングの技術がないので、電気ドリルでノブを壊す。
そうしてやっぱり仕事に行けと言う。
その点でユキは偉い。
業務の数では彼女のほうが多いかもしれない。
まずはアンナの世話。
工場の建設、ゾンビの研究、罠の作成。
合間を縫って気分転換にゾンビを撃ちに行くというから驚きだ。
アメリカ人でさえ「ちょっと暇つぶしに鳥を撃ってくる」とは言わない。
ユキは暇つぶしにゾンビを撃ちに行く。
「あいつの元気をわけてほしいね」
「ユキの? やめときなさい、お腹壊すわよ」
「どういう理屈だ……」
書斎を出て、リビングのソファへ横になった。
鈴木は今頃、橋部のバーで飲んでいるに違いない。
「僕も行けばよかったかな」
ゾンビを撃っても気分転換にならない僕は、酒を飲みたい気分だった。
キャビネットの中をさぐると、ウイスキーのボトルが見つかった。
未開封のシーバスリーガル25年だ。
グラスに注いで、ストレートで味わう。
舌がしびれて、いい感じに頭がぼんやりしてきた。
「飲んでるの?」
書斎から出てきたマミが言った。
「家でくらい飲んだっていいじゃないか」
「ただ聞いただけ。ダメなんて一言も言ってないわ」
マミは自分のグラスを手に隣へ座る。
トクトクとウイスキーを次ぐ音。
一口で僕の二倍の量を口に入れる。
「君からしたらこんな暮らしは上等の範疇に含まれないんだろうな」
「あら、どうして?」
「金持ちだったから」
「昔の話よ。今はあなたとおんなじ」
4年間、四六時中一緒にいた僕たちは、会話がなくともお互いの言葉を把握しあう域に達していた。
若いうちから熟年夫婦のようになってしまった関係は長続きしないというが、マミの察しの良さは読心術のそれで、隠すほうが難しい。
僕も気分が顔に出やすい男だった。
「最近香菜ちゃんとうまくいってないんだって?」
「反抗期だよ。別に問題ない」
「私とは普通なのにね」
「じゃあ僕を嫌いになったんだろ」
「嫌いになんてなるはずがないわ。命の恩人だもの。きっと妬いてるのね」
マミには珍しく、不透明なことを言った。
「妬いてるって何が」
「香菜ちゃんがあなたを見る目が変わったと思わない? 年頃だものね、恋しちゃったのよ」
「バカバカしい」
香菜にはもっとふさわしい人物がいくらでもいる。
たとえば最近前哨基地に配属された21歳の奴とか。
名前は忘れたが小栗旬似のイケメンだった。
「やれイケメンだのと言ってられるご時世でもないでしょ。腕っ節がなきゃ」
「それこそ僕には分不相応だな。腕っ節なら田中にでも惚れないとおかしい」
「鈍感なのはいいけど、刺激しないようにね」
「香菜をか?」
「そう、あの年頃の女の子はね、恋で人を殺すものよ」
「嫉妬で殺すなら標的は十中八九君だろうな」
「だから刺激しないようにと言ったの」
仕事にくわえ色恋沙汰まで持ち上がるとは。
これ以上刺激してはならないのは僕の頭だ。
「今日はもう休むよ。明日の予定はなんだったけか」
「河童退治で役に立った人の仕事を見学に行くんでしょ。現場監督に話を通して、紹介状を渡して配置換えに立ち会う。それからライフルの配備について各班との話し合い。戦力調査の結果をまとめるのと、物置の整理も忘れないで。自衛隊が侵入したときに開けた穴の修繕状況の最中チェックもあったわね」
「多忙だな」
この暮らしを続けるためだと思えばこそだ。




