管理職の憂鬱
即席の担架を作って、重傷者二人を前哨基地に運び込んだ。
ひとりは肋骨、ひとりは腕の骨を折られている。
「これだけ呻けるなら平気だろう」
怪我人を診た狩人が言った。
怪我人の意識はハッキリしていて、苦しそうにしていた。
僕たちが残っていても仕方ないので、すぐさま引き返して池のあったポイントまで戻る。
そのときにカゴ台車を拝借した。
ベテランが三人もやられたとあって、他のメンバーの戦意は低下していた。
恐がってブルブル震え、池に近づこうとしない。
それどころか前哨基地に残ろうと言う輩までいた。
「河童の死体を持ち帰ってユキに渡すんだよ。手ぶらで帰ったんじゃ死んだ奴も報われない」
僕は尻込みするメンバーを諭した。
「お前、こっちに来い」
鈴木の指示で、新たに前衛部隊が整えられた。
怪我をした三人は、たしかに精鋭だった。
いなくなるのは大きな痛手だ。
愚痴ばかりは言っていられない。
間に合わせとはいえ、ここにいる全員は毎日訓練しているはずだ。
「まずは草刈りだ。こう生い茂ってちゃ前も見えん」
「俺も行こうか?」
鈴木が言った。
「そうだな、今度は近づいて護衛してくれ。河童が出たら迷わず撃てよ」
「アイアイサー」
折り重なって倒れている河童の死体を避けて、池まで行った。
四名を草刈りにあたらせ、鈴木たち八名が周辺を見張る。
僕は池のなるべく浅い場所を歩いて、草むらにゾンビが潜んでいないか確かめた。
草刈りが終わる頃には、池の全体が見渡せるようになっていた。
これは池というより沼だ。
幅が10mほどある小さな沼。
水は濁っていて底が見えない。
適当な棒を持って刺してみると、水深はかなりのものだった。
おそらく河童は水底に立っていたのではなく、シンクロナイズドスイミングみたいに立泳ぎしていたのだろう。
「草刈り終わりました」
「結構深いぞ、見てみろ」
「マジですね……」
棒を抜き刺しする様子を二人で眺めた。
報告に来たこの男は、今朝のアラフォーだった。
鈴木が旧メンバーと間違えたのだろう。
規則では特区民に参入してから五ヶ月は持たせてはいけない決まりの9mm機関拳銃を、アラフォーは誇らしげに抱えている。
マミが規則を書類にして全員に配ったから、彼の承知のはずである。
どさくさに紛れて実地で成果を上げて、飛躍的に出世しようという魂胆か。
そういうやんちゃ者は嫌いではない。
「生活には慣れたか?」
僕は尋ねた。
「ええ、まあ。ぼちぼちって感じですね」
「さっきの河童をどう思う?」
僕は池の横に倒れているゾンビの死体を指差した。
「普通のやつの変種ですかね。こんなのは初めてだ」
「君は自衛隊との一件を聞いた?」
「次の日に聞きました。奥さんの作ったビラも読みました」
「近頃じゃ、こいつ(河童を再び指差す)らのほうがよっぽどマシだよ。撃ちゃあ死んでそれきりなんだから。徒党を組んで襲ってくるなんてこともない。裏切りだのなんだのと気を病む必要もない」
「俺は、私は決して裏切りません!」
「警備員に志願するといい。紹介状を書こう。仕事を見に行くよ」
「はい!」
河童の死体を台車にのせて、特区に引き返した。
できるだけ状態のいい河童をと思って、頭が無事な“任侠立ち”河童を選んだ。
筋肉が硬直しているせいか、台車にのせるのは一苦労だった。
帰り際、前哨基地から報告を受けた。
重傷者二名は昼過ぎに特区へと移送されたという。
回復にはしばらくかかるが、命に別条はないということだ。
夕日が街に沈む。
かつてコンクリートジャングルに沈む夕日を見て美しいと思ったが、様変わりした街は本物のジャングルのように緑で溢れ、同じ夕日なのに、まるで雄大な自然の中に立っているかのような気分になった。
これからの遠征は、装備を変えなくてはならないだろう。
9mm拳銃や機関拳銃が通用しないとなれば、自動小銃を持たせなければ。
しかし謀反があった以上、闇雲に武器を配るのは気が引ける。
銃弾も無限ではない。
ユキとイワンの監督で銃弾を製造する工場の建設が進められている。
大規模な計画だけあって、実現にはまだまだ時間がかかる。
人物調査を徹底すれば裏切りを避けられるだろうか。
どんなに調査しても、人の心は変わりやすい。
結局最後は友人同士となって信頼しあうしかない。
「おつかれ、これから一杯どうだ?」
死体をユキに届けたあと、マンションの廊下で鈴木に誘われた。
「いいや、今日はやめとくよ。人死があったしな」
「そうか、じゃあ中島でも誘って行ってくる」
「ああ、よろしく伝えといてくれ」
戦力調査の内容をまとめて、ビラにする仕事が残っている。
隠居したい、僕はそう思った。