ムキムキの河童が池からヌッと出る
大きな水たまり。
というより池だった。
十字路の真ん中が陥没して水が溜まっている。
僕たちはそこから36m離れていた。
どうしても通らなければならない道ではなかったが、陥没した水たまりの周囲には草が生い茂っていて、池の全体はもちろん先の道路を見渡せなくなっていた。
これでは危ない。
前回この道を訪れた際には、こんな水たまりはなかった。
植物の伸びるスピードがどうもおかしい。
前に来たのは冬頃だったとはいえ、ひと夏でこんなにも草ぼうぼうになるものだろうか?
「草を刈っていったほうがいいな」
僕は言った。
草を刈るにしても手順を踏まなければならない。
面倒だがやむを得ない。
まず僕と旧メンバー合わせて5人で池の安全を確認する。
「このへんはいつも通らねえんだ」
池へと進みながら、狩人のひとりが言った。
彼は手に持った9mm機関拳銃を構えようともしていない。
余裕しゃくしゃくといった感じだ。
水場が多いせいで、やたらと蒸した。
気温はそれほどでもないのだが、湿度が高く不快指数が跳ね上がる。
汗を拭って十字路に踏み入る。
背の高い草に視界を遮られて、よく見えない。
「周りの草を狩ってくれ」
僕は傍にいた男に頼んだ。
彼が鎌を手にしたとき、草むらで物音がした。
草刈りをやめさせて、腰をかがめる。
スコープも何もついていないAKMを音がした場所に向ける。
「ゾンビですかい?」
「わからん、音がした」
この期に及んでも、男は銃を構えなかった。
近頃はゾンビの出現率が減っているという話だから、気が緩んでいるのだろう。
ゾンビが現れた。
池の中からヌッと顔を出し、あたりを見回した後、直立した。
緑色の体は保護色のつもりだろうか。
イワン以上に筋肉隆々、重量挙げのオリンピック選手のような体つきで、口にはくちばしのような突起物が生えている。
言うならばムキムキの河童だった。
水が腰の位置まできている。
水深がわからないので慎重を推定することはできないけれど、見た感じ2mはありそうだった。
ゾンビはカエルのような声で鳴いた。
引き金を引こうとすると、別の顔がヌッと現れた。
さらにもう何体かのゾンビが池から出てきて、あっというまに池は河童のようなゾンビでうめつくされた。
僕は首を振って、退却を指示した。
気づかれないよう草むらを移動するのは難しい。
早く逃げなければと焦る気を落ち着かせて、ゆっくり距離をとる。
熊に出くわしたときと似ている。
余裕ぶって銃を抜かなかった男が、ぬかるみに足を取られて転んだ。
全員の顔に緊張が走り、筋肉がひきつる。
バシャバシャと水音がして、草が薙ぎ倒された。
「走れ! 逃げろ!」
僕はとっさに叫んだ。
ひとりは一心不乱に駆けた。
後ろを見ず、鈴木たちが待機しているところに向かって走った。
ぬかるみで転んだ男は、9mm機関拳銃を草むらに向けデタラメに撃ちまくった。
他の者は、銃を構えながら早足で後退した。
ウサイン・ボルトのようなフォームで、ゾンビが走り出てきた。
先頭を走るゾンビに7.62x39mm弾をお見舞いする。
胴体部の肉がちぎれて吹き飛び、血液が霧のようになって風で舞う。
しかしなかなか倒れない。
9mm弾は明らかに威力不足で、胴体を小さく穿つものの、効いている気配はなかった。
まずいぞ、と僕は思った。
後方から鈴木が援護射撃をしてくれている。
AKMの射程は意外と長く、精度も悪くない。
けれども離れた位置から狙おうとすれば、必然的に単発になる。
ゾンビは頭を狙う銃弾を反射的に手で防いだ。
「ボス、危ない!」
再装填の最中にゾンビが接近してきた。
後ろに倒れて回避するも、振り回された腕が顎をかすめる。
「死ね、河童野郎!」
近距離から胴体にフルオートの射撃を浴びせる。
弾を撃ち尽くすと、ゾンビは直立したまま動かなくなっていた。
両手を上に振りかぶり、白目をむいている。
これが“任侠立ち”か……。
バキの花山薫のような立ち方に、僕はちょっとだけしんみりした。
かなり危うかった。
もし鈴木が機転を利かせてGP-25を使っていなかったら、全滅もありえた。
彼のAKMにはグレネードランチャーがつけられていた。
発射された榴弾の爆発音でゾンビの注意が反れ、そこに僕が弾を叩き込んだのだ。
叩き込んだといってもダ、ダ、ダ、ダとむやみやたらに撃ったのではなく、ちゃんと二発ずつ頭部に命中するよう計算して撃った。
30発で9体殺った。
こちらの被害は一名死亡、二名重症。
最初に逃げた人のみ助かって、僕と一緒に残った狩人は全員やられたということだ。
ぬかるみで転んだ男は、殴られて死んだ。




