第十六次戦力調査
悪いことをしている集団のボスは、定期的に権力を見せつける場をつくる。
パーティーで酒を振る舞ったり、でかい仕事に参加したりするのだ。
その種類は、集団が何を生業としているかによって変わってくる。
特区の仕事は主に監視と偵察。
監視は楽な仕事だから、直々にやってもありがたがられない。
ありがたがられるには危険を犯す必要がある。
それには偵察に参加するのが一番だ。
僕は朝早く起きて、集合場所に立っていた。
仕事にボディーガードを連れて行けばヘタレと噂されるので、鈴木とふたりきりだ。
徐々に参加者が集まってきた。
目をこすりながら、建物からゾロゾロ出てくる。
偵察は大所帯では行わないとはいえ、もしものことを考えて15人程度の人数で行う。
本当は10人くらいが望ましいのだが、新しく特区に加わったメンバーの教育も兼ねて、5人をプラスした。
「おはよう」
僕は集まってきた中で、玄人っぽい顔をしている男に声をかけた。
彼は新メンバーなので、素性はよく知らない。
「おはようございます。晴れてよかったですね」
アラフォーくらいの年齢に見える面長の男は、無精髭を生やしていた。
カミソリは結構値段が張る。
彼は偵察に志願したのは、経済事情によるものなのかと一瞬勘ぐった。
「この分だと日中は気温が上がるぞ」
「そうならないことを祈りましょう」
さすがに拳銃一丁で強化ゾンビがうようよいる街中をぶらつくわけにはいかないので、僕と鈴木はAKMを持っている。
残る旧メンバーには拳銃の他に9mm機関拳銃を与えた。
新メンバーは拳銃のみ。
「出発しよう。門を開けてくれ!」
閂が外され、分厚い扉がギイギイと音を立てて開く。
扉の外は何年たっても変わらない。
それでも歳月は街を変化させていた。
側溝や河川を掃除する者がおらず、道も放置されたきりなので、水が染みてきた。
そこにヒョロヒョロ葦などが生えると、湿原の装いを呈してくる。
建物の壁面を蔦が覆って、どこもかしこも緑、緑。
植物にとっては人間の不在は好機だ。
はじめは除草して街の景観を保とうとしていたのだが、活気づいた植物の生長を止めるのは無謀だった。
やがて僕たちも諦めて、今ではほったらかしにしてある。
ところどころアスファルトが剥げた地面がぬかるんでいるので、非常に歩きづらい。
足元に気を取られていると、茂みからゾンビが飛び出してきた時に対処できないので、前を向いているしかない。
こんなに大変だったけ、と思いつつ、僕たちはまず前哨基地へと急いだ。
交代で見張りを置いている前哨基地までの道のりに危険は少ない。
問題はその先、僕はもう何ヶ月も足を踏み入れていない。
前に訪れたときには、茂みに潜んでいた強化ゾンビに囲まれて酷い目にあった。
「ボス、昇給の件考えてくれましたか」
「俺の配置換えのことは?」
「おいらの引っ越しの話が先ですぜ」
これみよがしにまとわりついてきて、あることないこと進言してくる輩がいる。
彼らがボスと直に会える機会はこんなときくらいしかない。
「任務中だぞ、集中しろ」
僕は一喝した。
ここ最近の報告では、街に目立った動きはない。
僕も死にたくないので、目立った動きがないという報告があったからこそ外に出ようという気になったのだ。
けれども油断大敵。
いつ何が起こるか知れたものではない。
前哨基地に到着すると、ビルの屋上から手を振る男が見えた。
彼らは信用のおける狩人だ。
他にも何人か平の特区民が混じっている。
意外と前哨基地の仕事は人気が高く、求人倍率は8くらいある。
前哨基地に配属された者には例外としてRemington M7600の使用を許可している。
特区内への持ち込みは禁止だが、ライフルを撃てるので撃ちたがりが集まるのかもしれない。
挨拶に出てきた狩人に、街の状況を尋ねた。
「静かなもんさ。明け方に霧がモヤモヤしてたときは少し緊張したけど、デカブツも現れずじまいだった。このあたりのはもう残っちゃいないのかもな。なんてたって俺たちが見つけ次第バンッと殺っちまうもんだから」
「ありがとう、夕方には戻るよ」
「アイアイサー」
単なる偵察であれば、何も起こらないに越したことはない。
しかし今回のは示威行為を兼ねているから、起こってもらわなければ困る。
生命の危険がなく、7.62x39mm弾で楽に対処できるようなトラブル。
そこのところをゾンビにはぜひ了解してもらいたいのだが、話の通じる相手ではない。
昔はこんなことにいちいち気を悩ます必要はなかった。
無事に帰れるならそれがいい。
今はトラブルをこちらから望んでいる。
忠誠心を試すために。
士気を高めるために。
権力を誇示するために。