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なんとなく気怠さのある休日

書斎に足を踏み入れた僕は、ずらりと並んだガラス戸付きの本棚の前を歩きながら、そこに収められている本の背表紙を呆然と眺めた。

よくもまあこれだけの本がつどったものである。

子供用の図書館にあるくらいの冊数が整然と並んでいる。

ただし背表紙に記された本の題名は、大人でさえ手に取らないようなお堅いものばかりだった。


マミは所用で出掛けている。

彼女の留守中に書斎に忍び込んで、怪しげなことを企んでいるわけではない。

ちょっと暇ができたので本を借りようと思い立ち入ってみたはいいが、僕好みの本は置いていなかった。


ここには初めから置いてあった本しかない。

マミが選別した書籍は別の部屋にそろえてある。

大量にある物置用の部屋で、マミの本が何号室に置いてあるのか忘れてしまった僕は、探すのに何度も階段を登り降りする面倒を避けようと、こうして書斎の鍵をピッキングでこじ開けて本の森に忍び込んだのだ。


何かとらなくてはせっかく開けた甲斐がない。

僕は目を閉じて適当な位置で指を止めた。

目を開けて、指が触れているガラス戸を開け、そこにあった一冊を手にとった。

シモーヌ・ヴェーユ著『戦争と革命への省察―初期評論集』


この本は僕も昔買ったことがある。

セドリで儲けようと思って立派そうなものを選んだつもりが、まったく売れずに残ったのを泣く泣くブックオフで引き取ってもらった。

僕は本を棚に戻した。


田中のところへ行って暇をつぶそう。

暇がないときには休暇を夢見るくせに、いざ暇ができたらそれを潰そうとするなんて、人間は身勝手だ。

扉をノックしても、中から返事はなかった。


田中は部屋に鍵をかけない主義(かけたとしてもろくな持ち物はないのだが)で、僕は難なく室内に入ることができた。

リビングにも寝室にも彼の姿はない。

あてがはずれた。


廊下に出ると、歩いてきた香菜と行き会った。

彼女は一昨日前哨基地から戻ったばかりだった。

15歳になった香菜は、よく気がつくいい子に育っていた。

ニンフェットを卒業し、純正の美少女になったのである。


「どこか行くの?」

僕は尋ねた。


「行ってきた帰り。イワンのところで護身術の訓練をしてたの」

「へえ、どうだった?」

「どうだったって何が? もしかして暇なの」

「見ての通りさ」


香菜にとって僕は養父のようなものだから、絶賛反抗期中の彼女は事あるごとに反発してくる。

とはいえ25歳の父親がいたものだろうか?

成長過程の諸現象にすぎないと頭では分かっていても、たまに強く口撃されると心にくる。


「マミはいないの?」

「出掛けてる」

「ついていけばよかったのに」

「あっちがついてくるなと言ったんだ」

「だからって私に構わないで」


邪魔者を蹴散らすかのような勢いで、香菜は横を通っていった。

交渉決裂だ。


しかたがないのでM24を持って屋上へ向かった。

街を眺めていれば気も紛れると思ったからだ。

熱がこもって息苦しい室内とは違い、屋上は比較的涼しかった。


見るとイワン、希美の姿がある。

彼らはマットレスを片付けている最中だった。


「ここで訓練してたのか」

「部屋だと暑いからね。屋上は気持ちがいいよ」

「こんにちは、ボス」


「希美も訓練か?」

「はい、たまには稽古をつけてもらおうかと思って。ちょっと夢中になりすぎちゃったみたいで、汗びっしょりですよ」


たしかに希美は全身汗まみれだった。

服が体に張り付いて、青のブラジャーが透けている。

こんなことなら僕も参加しておくべきだったと後悔した。


「彼女は筋が良いね」

イワンが言った。


「体のラインも一級品だなこりゃ」

「あとで奥様に報告します」

「それは勘弁して」


M24のスコープで街中を見ると、露天商が謎の肉を売っていたり、子供たちが道路で遊んでいたりといった光景が目に入った。

自衛隊との戦闘から一週間、特区民は何事もなかったかのように生活している。

残党の捜索は捗っていなかったが、敵方を裏切って情報をくれる者もチラホラいた。

時間が経てば情報をくれる者の数も増えて、全体像を把握しやすくなるだろう。


特区に関する情勢だけでなく、日本国内の現状を知ることは復興の足がかりとなる。


「あれ、走ってるのは田中じゃないか?」

スコープが走る田中をとらえた。

病み上がりだというのに、ボディーガード二人を引き連れて全力疾走しているではないか。


まっすぐタワーマンションに向かって駆けてくる。

何か面白いことでもあったかなと思った僕は、迎えにフロントまで行った。


「やったよお!」

僕を見るなりそう叫んだ田中は、ボディーガードの目があるにもかかわらず抱きついてきた。

ひっぺがしてから事情を聞くと


「OKしてくれたんだ! これで俺も独り身じゃない、グッバイボッチライフだ!」

「よかったじゃないか。僕はまだその人の顔を見たことがないんだが、今度会わせてくれよ」

「アイアイサーの助!」


はしゃぎまくっている彼は、踊るような足取りでフロント中をぐるぐる回って移動した。

ボディーガードが苦笑している。

ともかくこれで片付くものがすべて片付いたといった感じだ。


平和を愛する僕からしたら、トラブルは御免被りたい。

毎日が穏やかであってくれさえしたらそれでいいのだ。

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