腹黒ネズミを始末しろ
「分隊が廃屋に入ったわ。10分前の出来事。難民にあてがった区域の近く、印刷所がある近くの家よ。連合員の出入りは今のとこ無し。ねえ、これって応援を呼んだほうがいいかしら?」
中島から連絡があった。
特区に侵入した自衛隊員の動きが止まった。
潜伏して作戦会議、情報収集、内通者からの連絡待ち、いずれにせよ相手が動くのを待つ必要はない。
先手必勝、電撃戦で攻める。
至急部隊を配備した。
死体損壊は犯罪だし、できればやりたくない。
多くの人は死体と聞くだけで嫌悪感を抱くし、それを弄るとなればなおさらだ。
けれどもプロの分隊を相手にし、先に仕掛けてきたのがあちらなのだとしたら話は別だ。
電気自動車は貴重なので爆弾には使えない。
代わりに電動車いすに新田を乗せ、まるで生きているかのように固定して、ヘルメットをかぶせた。
車いすに乗っている理由を勘ぐられないよう足に包帯も巻いておいた。
それでも十分に怪しいが。
アセチレンと酸素を混ぜ、ネジ釘と殺鼠剤を入れた爆弾を抱えさせて、車いすを走らせる。
スピードは出なくてもいい。
味方が乗っている車いすがゆっくりと自分たちのほうに進んできているのを見て、即座に撃てる人間はいない。
一体どういうことだと訝しむ時間が稼げれば儲けものだ。
中島の報告で、侵入した分隊員は8名だと分かっていた。
あらかじめ廃屋に潜伏していた人員がいなければ、8人で全員である。
この場所は難民にあてがった区域に近いから、車いすに気づいた難民の幾人かが通りに出てきて、車いすを眺めている。
僕たちは既に移動して、廃屋の側面に一列になるよう陣取って作戦開始を待っている。
車いすが廃屋のすぐ傍まで来たとき、中から二人の隊員らしき人物が飛び出してきた。
連合員には持たせていないはずの89式5.56mm小銃を手にしている。
残念ながら、特区では手続きなしに進入するのは重罪である。
二人が車いすに駆け寄ると、監視していたユキがスイッチを押した。
爆散した破片の直撃を受けて、二人の隊員が倒れる。
M249軽機関銃の掃射が開始された。
銃弾をかいくぐって外に逃げたとしても、撃ち漏らしがないよう全方向に狙撃手が配置されている。
反撃らしい反撃は未だに無い。
もっとも反撃で発砲しても、いくつもの銃声が折り重なっている中では気づかない。
しかし夕方の空に響くL115A3の狙撃音は聞き分けられた。
約1分間の射撃で廃屋はボロボロ。
2分待ってから内部に突入した。
中で6名の死亡を確認した。
爆発で死んだ2名を加えて全部で8名。
報告にあった通りの人数だ。
長田、杉浦の姿はなかった。
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撤収は迅速に行われた。
とはいえ、何人もの難民に作戦を目撃されている。
極秘作戦ではないので別に構わないが、難民の中にいる内通者の存在を考えると、人数や武装を知られないほうが都合がいい。
特に目を引く動きをした難民については、別働隊として狙撃班が追跡し、監視を行っている。
外も内も敵だらけということだ。
タワーマンションに戻った僕は、フロントで中島、鈴木、イワンと今後のことを打ち合わせした。
「難民の動向を掌握するまでは大人しくしておいたほうがいい。残党がいるかもしれないし、たぶん残党狩りは無意味だろ」
僕が言った。
「アタシたちはそれでいいとしても、今働いてる狙撃班はどうするの。街に残ったままよ」
「頃合いを見て回収しよう。監視は狩人に任せる」
「渋川のような間者が、他にいないとは限らない」
イワンが言う。
「奴らも馬鹿じゃない。官軍がどちらか悟れば、下手に動かないさ。何より君たちはアンナの傍にいてやったほうがいい。そろそろマミから苦情が来る頃だ」
「俺もこんなことはしばらくやりたくない。ゾンビならともかく、相手が人間なんて」
鈴木が首を振った。
僕も同感だった。
手に残る嫌な感触。
達成感もクソもない。
「イワンとユキは、事態が収まるまでこのマンションに泊まってくれ。中島も班のみんなに今日は泊まっていくよう言ってくれ。あいている部屋を自由に使っていい」
「カズヤたちへの連絡はどうする?」
鈴木が言った。
カズヤ班のメンバーには主に狙撃を担当してもらった。
今いないのは理沙、右雄、カズヤ、マリナ、トモヤの5人だ。
「夕食前になんとかするか」
僕が言った。
「それでは私が手配しましょう。皆さんお疲れのようですから、先にお休みになってください」
「大丈夫なのか? 渋川でさえ……」
言いかけた僕を、希美が遮った。
「お休みになってください。疑いだしたらきりがありません。せめて私のことは信用してください」
「わかった。任せるよ」
実は戦闘が終わってからひどい頭痛に見舞われていた。
一刻も早く横になりたい。
打ち合わせが終わると、談笑しているメンバーを尻目に引き上げて、寝室に駆け込んだ。
マミに色々と質問されたが、答えられる気分ではなかった。
夕食も食べなかった。