陸上自衛隊に宣戦布告される
翌日の7月16日、雲ひとつない快晴となったその日、マンションに駆け込んできたイワン夫婦とアンナの声で目を醒ました。
何事かと思ってリビングに出ると、彼らはゴチャゴチャとテーブルに物を並べている最中だった。
ユキが寄ってきて、拳銃を差し出した。
「一体なんの騒ぎだ」
「今朝田中が倒れたの。イワンが治療して一命は取り留めたけど、未だ昏睡状態、毒を盛られたのよ。信用できる狩人に預けてきたから、二、三日中に連絡があると思う」
「そんな……田中が……。犯人は誰なんだ」
「あなたのほうが詳しいと思うけど」
ユキは鞄から紙を取り出し、テーブルに置いた。
紙には「目には目を」と書かれていた。
「三人組の行方は?」
「人を雇って探させてるけど、見つからないでしょうね」
「クソッ! やられた」
テーブルを殴りつけ、拳がじんじんと痛む。
田中が巻き込まれたのは僕のせいだ。
彼を連れて行ったばっかりに、目をつけられてしまった。
「アンナをしばらく任せる。お兄さんはここから一歩も動かないで。俺たちでなんとかする」
装備を整えながら、イワンが言った。
3歳になるアンナが近寄ってきて、腰にまとわりつく。
「おじちゃん、おじちゃん」
「アンナちゃん久しぶり。あっちにマミがいるから、遊んでもらいなさい。さあ、行って」
天使のように可愛らしく、透き通るような白い肌をしているアンナは、両親と違って物分りが良い。
アンナはよちよちと寝室に歩いていった。
数年後には手のつけられないワルガキになっていないことを祈る。
「任せるだって? そっちのマンションのほうが安全だろ」
「そうとも言えないのよ……」
ユキが神妙な顔をして言う。
「真面目な話、ブービートラップをかいくぐって侵入した奴がいる。このカード、田中の側に置いてあったのと同じものが、アンナの側にも置かれていた」
「それじゃ、奴らは何者なんだ?」
「新潟から来たって話は、嘘でしょうね」
「それなら新潟にあった集落のことを知ってたのはなぜだ? イワン、お前も老人たちと会ったから知ってるだろ。あの場所はちょっとやそっとじゃ見つからないって」
「それを吐かせるために行くんだ」
「だったら僕も行くよ。人数は多いほうがいい」
「だめだ。この件は俺たちだけで片付ける」
「イワンが動けばただ事ではないとバレる。余計見つけづらくなるぞ」
「だから(彼は人差し指を立てて鼻の前に持っていく)このことは誰にも言うな。鈴木と阿澄には午後になってから伝えろ。行くぞ、ユキ」
二人は出て行った。
マミが寝巻き姿で、寝室から現れた。
アンナの頭を撫でている。
「アンナちゃんが来てるけど、何かあったの?」
「ああ、非常事態だ」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
午前中いっぱいは、イワンの言いつけ通り部屋にこもってどこにも行かなかった。
探しだすと言っていたが、どこにいるのはアテもない状況で三人組を追うのは困難だ。
午後になってから、僕は鈴木と阿澄の部屋に入った。
彼らにも状況を伝えて、外出を控えたほうがいいと伝えるためだ。
「教えてくれてありがとう。だけど、黙って待ってろってのか?」
「私たちにもできることはあるはずよ」
鈴木夫婦の意見は、僕と同じだった。
「あいつらにも計画があるんだ。三人組の狙いは上層部のメンバーだから、外出したところを狙うはずだ。工場班を缶詰にしたのは、狙いを特定する目的だろう。カズヤ班と中島班の二箇所なら、待ち伏せて捕まえやすい」
「仲間を売れってのか」
「待ち伏せてるのはイワンだぞ、心配いらない」
「でもイワンのブービートラップを解除できる奴らなのよね?」
「阿澄、気持ちは分かるけど、ここで私たちが動いてもできることは少ないわ」
「マミの言うとおりだ。今日は大人しくしていたほうがいい」
僕は前に考えていたことを思い出していた。
理想郷を牛耳る悪者の前に現れる主人公。
主人公は街を壊滅させ、彼らにしか分からない目的を達成した後に去っていく。
あとに残されるのは廃墟と、悪者の死体だけ。
ついに主人公が現れたとでもいうのだろうか?
僕たちの築いた街を襲う理由はなんだ。
ブービートラップを解除する手腕は、どこで身につけた。
「相手はプロだ。僕たちの出る幕はない。いいか、中島班にもカズヤ班にも連絡するな。もし何か言ってきたら、普段と同じように振る舞って、気取られるな」
「いいだろう、今日のうちは従うよ」
鈴木は僕の傍に来て、言い足した。
「明日は分からんけどな」
「本当にあれでよかったの?」
部屋を出てからマミが言った。
「あれでよかったんだ。最悪、人死が出る」
僕はユキに渡されたカードをもう一度見た。
差出人にはこう書かれている。
陸上自衛隊。