平凡な一日/平凡な愛
自白剤の効果はてきめんだった。
長田が自白したところによると、彼らの目的は強請りで、平の連合員では知り得ない情報を掴んでいた。
タワーマンションに保管してある極秘の物資のことだ。
僕らが手に入れた銃や弾薬、爆薬の類は、平の戦闘員たちは存在すら知らない。
工場班、中島班、カズヤ班、そしてイワンとユキが持っている銃ですべてだと思っている。
また僕もそう説明している。
内緒にしている理由は、大量の銃器があると分かれば自分たちにも持たせろとうるさいからだ。
現状、重機関銃で防御は足りている。
74式車載7.62mm機関銃を配備した西の壁が若干の火力不足ではあるが、強化ゾンビの体を貫通させるには、7.62mm弾で十分である。
稀に出没する怪物も、体表面が極度に変質して鉄板のように硬いリン酸カルシウムに変化しているタイプでなければ、7.62mm弾で抜ける。
それでも人数分の9mm拳銃を揃えて配ったのは、護身用と、権力を誇示するためだった。
どこで物資の情報を得たのかについては、長田が潰れるのが予想以上に早かったので聞き出せなかった。
物資の情報を知っているのは上層部と、一部の狩人だけだ。
内通者が潜んでいることを疑ったほうがいいだろう。
僕は橋部のバーを出て、表で待っていた新田と杉浦に言った。
「長田が潰れてるぞ。介抱してやったほうがいいんじゃないか?」
彼らは驚いて店内に飛んでいった。
言質は取れた。
もっとも、長田は覚えていないだろうが。
「やはり噂の東北が関係しているようでしたか?」
僕と田中が並んで歩いているのに対し、一歩後ろを歩いている希美が言った。
「いいや、そこまでは喋らなかった。でも目的は分かったよ」
ボディーガードがいる手前、おおっぴらに極秘物資のことは話せない。
希美もそれを察したようで、それきり尋ねてこなくなった。
「あいつらとはダチになれると思ったんだけどなァ……」
田中がこぼす。
彼は未だ独り身を貫いている。
街の女に片思いしているという噂をマミから聞いたが、直接確かめたことはない。
「お前これからどうする、マンションに帰るのか?」
「飲み直してェ気分だなァ。例の電気屋だったところにできた店に行ってみようかなァ」
「中島班の奴でも誘ったらどうだ。ここからそう遠くないし」
「そうさせてもらう。護衛を何人か貸してくれ」
四人いたボディーガードの半分を田中に預け、僕はマンションに帰った。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽
「飲んできたの?」
早くも寝間着に着替えていたマミが、リビングのソファに座っていた。
てっきり書斎にこもっているものと思っていたが、予想が外れた。
「面接で一杯やったんだ。必要なことだったんだよ」
「希美ちゃん、ホント?」
「本当です。ボスは親睦を深めるために、ちょこっと飲んだだけです。ボス、それでは私はここで。また明日、いつもの時間にお迎えに上がります」
「ああ、お疲れ様」
半回転して、つかつかと玄関に向かって歩いて行く希美。
パンツスーツで強調された尻の肉が左右に揺れて、なんとも美味そうだ。
年頃を迎えた彼女は、近頃めっきり女っぽくなった。
救出された直後は痩せぎすの小娘だったのが信じられない。
「ふーん、帰りが遅いなぁと思ったら、そういうこと」
希美の尻に見とれているあいだに、マミがすぐ側に立っていた。
ジト目で顔を近づけてくる。
3年で希美は美しくなったが、マミはそれ以上に綺麗になった。
だが本人は、誰もが羨む美貌の持ち主であることを自覚していない。
人は無人島にいてさえ、女を理由に殺しあう。
男とはそういうふうにできているのだ。
マミと一緒に外に出ると、必要以上にベタベタくっついてくる。
年月は人間を変えるというが、マミは3年でずいぶんと丸くなった。
くっつかれるのは嫌ではない。
しかし人の目がある所でイチャつくのは僕の主義ではない。
妬みを生む要因は、なるべく排除しておくほうが賢明だ。
だから二人きりのときは、彼女の欲求不満を解消してやらねばならない。
ジト目で睨んでいるつもりのマミ。
僕は彼女の頬に手を当てて、キスをした。
ふっくらとした唇の感触で、一日の疲れが吹き飛ぶ。
「ごまかさないでよ」
「ごまかしてない。希美はいい尻をしてるなと思ってたんだ」
「そうやってほうぼう行って女を口説くんでしょ。その口が憎らしい」
彼女は落語の野ざらしに出てくる台詞を言った。
希美はマミのことを奥様と呼ぶが、僕たちは結婚しているわけではない。
制度が破綻した世界では婚姻関係を結んだり、入籍したりといった儀礼的な結婚が成り立たない。
ただし、今も昔も僕が愛しているのはマミただ一人だ。
それだけは断定しておくべきだろう。
外で尋ねられた際には、このように「マミを愛している」と答えている。
だから多くの人が僕とマミは結婚しているものだと思っている。
実際はしていない。
この関係が男側に得なのは、言わずもがなである。
ウェヒヒヒ。