アトロピンをぶちかませ!
今どき飲みニケーションなんて流行らないミー、と甘城ブリリアントパークのティラミィが言っていたが、飲酒は相手の本音を聞き出すのに有効な手段である。
アルコールは日常にある自白剤だ。
気分を高揚させ、自分は何でもできる人物だと思い込めば、たいていの人はベラベラ喋る。
注意する点は相手より先に酔ってしまわないことと、喋れなくなる状態になるまで飲ませて、潰してしまわないことだ。
サスペンスドラマで使われる有名な毒物であるアトロピンは、本物の自白剤に使用される。
胃腸の病気を患っている人であれば、病院で注射されたことがあるだろう。
毒物と薬は表裏一体なのだ。
アトロピンの致死量は100mg、適量であれば死にはしない。
ただし自白させるには大量に投与しなくてはならないため、飲まされた側は幻覚と戦わなければならない。
酒を飲んで楽しむだけなら不必要なブツだ。
「よく来てくれた! 時間通りだな。さあ座ってくれ、くつろいで、自分の家だと思って」
懐かしき工場には既に三人の若者が着いていた。
二階に案内して、オフィスビルのように内装を整えて小奇麗にした部屋に通し、ソファに座らせた。
彼らとは一度、新潟から来たという話をした日に会ったきりだ。
ボスともなると忙しく、なかなか時間がとれない。
明日こそと思いつつ、彼らとの面会を今日まで先延ばしにしてしまったのはそのせいだ。
「僕のことは聞いているね。彼は田中、僕の相棒みたいなもんだ。彼女は秘書の希美。ボディーガードは外で待機させておこう。立ち聞きされたくないこともあるだろう。アハハ!」
陽気な人物を演じておくことには色々な利点がある。
こいつは扱いやすいという印象を与えれば、逆に相手を操作しやすくなる。
「街の生活にはもう慣れたかな?」
「はい、後白河さんのおかげで、どうにかやってます」
おそらく(僕は彼らのことをよく知らない)リーダーである男が言った。
たしか名前は、長田裕次郎だったはずだ。
「久しぶりにまともな生活をしたせいで、私たちハメを外しすぎちゃって……いえ、お金の無心をしに来たんじゃありません。最初に貰っただけで十分です。ただ……全然残っていなくて、私たちにもできる仕事があればって相談しに来たんです。できれば大金が稼げる仕事を紹介してもらえないかと」
鍛えられた肉体と、猫なで声のような甘ったるい声質が特徴的な新田渚が言う。
「遠征隊の仕事を紹介しよう。食料調達係だな。君たちの腕なら安心して任せられる。前に見せてもらった射撃は、特区内でもピカイチだったからな。紹介状を書くから、待っててくれ」
カマをかけてみた。
彼らが言っている仕事は食料調達係ではない。
ここで一番稼げる仕事は、工場班、中島班、カズヤ班の上層部を護衛することである。
「申し出はありがたいんですが、俺たちはその、もっと稼げる仕事があるって街で聞いたもんで」
顔に傷がある男、杉浦聖也が言った。
「もっと稼げる仕事? なんだろう……田中、お前知ってるか」
「食料調達係じゃないなら、なんだろうなァ。夜間警備主任あたりになるかァ」
「来たばかりの者を主任にするわけにはいかんな。そうしてやりたい気持ちはあるんだが、他の連合員の手前、贔屓はできないんだよ。ごめんな」
彼らは顔を見合わせた。
僕が話に乗ってこないのでじれったく思っているのだ。
「いえ、そうではないんです。警備主任ではなくて、あなたのボディーガードに志願したいと思ったんですが。ダメでしょうか?」
先走って発言したのは新田だ。
一瞬空気がピリッとしたのが伝わった。
僕と田中が口裏をあわせて彼らを誘導しているように、彼らも裏で打ち合わせしているに違いない。
「考えてみないこともない。が、君たちのことをよく知らないからな。知らない者には任せられない仕事だ」
「それでは親睦を深めるというのは?」
そう言いながら、杉浦は鞄に手をかけた。
中から取り出したのはジャックダニエルの瓶。
ここ数日、毎日のように人前で酒を飲んでいた甲斐があった。
向こうから仕掛けてくれるなら仕事がしやすい。
僕は田中、希美の顔をじっくりと見た。
そして杉浦の目に視線を合わせて、3秒待った。
作り笑顔。
口角挙筋から頬筋ぜんぶを使ってニッコリ笑い、歯をむき出しにして手を差し伸べた。
「いい店がある。これからみんなで行こう」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
橋部が経営しているバーの隅で、僕たちは飲んでいた。
相手を懐柔して本音を聞き出す術その一。
一対一であれ。
三人組を分断するのに特別な策はいらない。
橋部に頼んで作らせた激薄のテキーラを、馬鹿みたいにガバガバ飲んで、酔っているふりをすればいい。
前後不覚で、自分が今何を喋っているのか、明日には覚えていないだろうという感じを演出する。
相手の目的は知れている。
目的達成が間近にあると思えば、こちらの要求も通りやすくなる。
「いやあ、君たちともっと早くに出会えていればよかったと思うよ。こんなに楽しい時間は久しぶりだ。実際、みんな――君たちからしたら上層部の連中――と飲むのは退屈で、刺激的じゃないんだな。刺激だよ、人生に必要なのは!」
「ええ、ええ。わかります、俺たちもまさに刺激を求めてるんですよ。食料調達係なんかじゃなくて、もっと刺激的な仕事がしたいんです」
長田は身を乗り出す。
「私たち、きっと役に立てるでしょう」
新田も杉浦も瞳をギラギラと輝かせている。
「起用するのは吝かではない。男同士サシで語り合おう、リーダー同士で。それで満足がいったら、明日には晴れて(パッと両手を広げて陽気な顔をして)僕の相棒ってわけだ」
長田は目配せをして、新田と杉浦を下がらせる。
僕は合図などしない。
予定通り田中と希美がふたりを外に連れ出す。
酔ったふりをして長田の酒をこぼす。
ひたすら謝って、注意を逸らせ、勝ちを確信させる。
橋部がアトロピン入りの酒を出す。
これもマミに言えない仕事のひとつである。