ボスと呼ばれる生活
すべてのガソリンを手放さなければならなくなった日、残った燃料を使ってキャンプファイヤーをした。
変質したガソリンを処理するのは手間だったが、事故になるよりはマシである。
車が動くうちに、生存者を探しておいて本当によかった。
結果として僕たちは、工場の一帯に旧渋谷区連合に匹敵する人数を集めることができた。
その多くは素行が悪く、騒動前から犯罪者として警察に追われる身だった者も少なくない。
武装して街に身を潜めていた彼らを説得し、集団生活を叩き込むのは難しかった。
捜索の段階から既に、脅し、殺し、騙し、マミには言えないようなことも数多くやって、どうにか350人を超える人数を招集し、適当な建物を与え、連合員として処遇した。
突貫工事で勧めた太陽光発電、風力発電のおかげで最低限の電力は確保できた。
人工池の製造、畑、田んぼの復興。
街の一郭を対災害特区として、住民を守るためのバリケードの設置。
これらを作るのに要した期間は三年、まるまる三年かかった。
現在、工場を中心とした600mの正方形の中に、350人が生活している。
辺の部分には高さ3メートル、厚さ70cmのバリケードが敷かれていて、ありったけの重機関銃を据え付けて外部の警戒にあたっている。
もちろん24時間体勢だ。
初期メンバーである僕たちは一応最上層部という扱いで、直接の任務にはあまり赴かなくなった。
それでは体がなまるので、たまに食料調達に同行して、銃の感触を忘れないようにしている。
何もかもがめまぐるしく移り変わる日々!
平時と同等とまではいかないけれど、遜色ない生活が、ここ立川特区では営まれていた。
気恥ずかしい話ではあるが、僕は特区のボスだ。
外部との連絡手段は未だ持たない。
しかし噂を聞きつけて、外からの訪問者が来ることがある。
一番遠い距離からは新潟県から若者三人が来た。
あの老人たちから僕たちのことを聞いて、立川に行けば助かるかもしれないと期待しての遠征だった。
「先日迎え入れた三人が会わせてくれと言っています。いかが致しましょう」
パンツスーツを着た希美が言う。
秘書の真似事はよせと毎度言っているのに、聞く耳を持とうとしない。
今日は午前中に元犯罪者たちの勤労ぶりを視察して、午後はあいていた。
「工場で会うと使いを送ってくれ。格好は……このままでいいかな」
僕は自分のトレードマークであるニッカポッカと作業着姿を鏡に映して言った。
「ダンヒルのスーツを着て行きましょう。そちらのほうが威厳があるように見えます」
「スーツは嫌だよ。マフィアじゃないんだから」
「ボスとしてしかるべき格好をするのが礼儀ですよ」
「マミはどうしてる?」
「奥様は書斎で書物をしています」
僕たちは工場で寝起きするのをやめている。
物資はすべて今暮らしているタワーマンションに移してある。
工場は仕事専用の場所として残してあるが、あまり使わない。
「邪魔をしちゃ悪いな。田中でも連れていくか」
「田中様は隣室でお休みになっているはずです。今すぐ連絡しましょうか?」
「そのときになったらでいい」
世紀末物のゲームや映画では、金持ちが私兵を従えて安全地帯に暮らしている。
一匹狼の主人公は安全地帯に侵入して、たくらみを暴いたり、私兵をなぎ倒したりする。
Fallout: New Vegasみたいな感じだ。
タワーマンションの最上階からの眺めは、まさしくそんな悪役になったような思いにさせる。
他の連合員たちにも安全を約束しているが、彼らの仕事があったおかげで僕がこんな暮らしをしていることに変わりはなく、自然と妬みも発生する。
一番の悩みはゾンビを退治することではなく、支配者の座を奪おうとする元犯罪者の連中をどうやって手懐けるかと、彼らに銃が渡らないようにすることだ。
スーツにレベルⅡの防弾チョッキを合わせるのは、暑くて仕方がない。
希美はレベルⅣを着ろとうるさく言うが、拳銃しか持たせていない連合員に襲われることを想定しても、レベルⅡで十分だ。
まさか同じ人間に襲われるのを恐れて生活する日が来るとは。
マミの書斎をノックすると、中から返事が聞こえた。
扉を開けると、机の前でメガネをかけたマミがにっこりと微笑んだ。
「おでかけ?」
「視察に行ってくる。それから工場に寄って面接だ」
「行ってらっしゃい」
本棚に囲まれたマミは幸せそうだ。
彼女は今、各分隊長に通達する書類を作成している。
マンションのフロントに着くと、連絡を受けて待機していたボディーガードの面々が既に到着していて、出迎えてくれた。
「おはようございます!」
元気のいい挨拶が室内に反響する。
「おはよう。今日も気張っていこうか」
僕はSCARのコッキングレバーを引いた。