翅型ゾンビ
素人の浅知恵でフェンスを設置するのではなく、堀状に穴を掘ったのは結果として正解だった。
一日に五人は穴に落ち、うち三匹は敷き詰めたトラバサミに引っかかる。
残りの二人も、ボードを敷いて作ったネズミ返しに当たって音を出すので、工場内に侵入して音もなく近寄ってくる悲劇は避けられた。
ゾンビの処理はもっぱらベレッタ92によって行われた(返り血を浴びないよう離れた位置から)が、体感でこの付近一帯のゾンビの総体は減少しているように思えた。
なぜなら拳銃で処理する際に響く音に集まってくるゾンビが、日に日に少なくなっていたからである。
それを僥倖と見た僕たちは、かねてから計画していた例のビルを調査する任務を決行に移そうとしていた。
人員は前回と同じ四人。
鈴木を工場に残し、M4A1を担いだ四人で速攻を仕掛ける。
銃を使った戦法の訓練は毎日していたので、再装填のタイミングや、指で意思疎通する技術を覚えた僕たちは、今のところ敵なしといった感じだった。
けれどもそんな驕りは一瞬にして破られる。
調査決行の当日、早朝に覚醒めた僕たちは窓の外を見て愕然とした。
地上から100メートルほどの位置を、無数のゾンビが飛び回っている。
方向からして新宿のビル群があるあたりに集中して飛ぶゾンビがいて
逆に多摩川から西の空はまったくと言っていいほど閑散としていて
ここ立川上空を舞っているゾンビもごく僅かだった。
「あいつらは何だ。なんで飛んでいる。閉じ込めたコミュ障ゾンビに変化はあったか」
早口に質問すると、我に返ったマミが一階に降りようとした。
「待て、動かない方がいい。ごめんテンパった。コミュ障ゾンビは放っておこう」
「なんなの? なんで飛んでるのよ!」
動揺しているらしい阿澄が大きな声を出す。
「静かに。あれと似たのをSIRENで見たことがあるぞ。虫みたいな羽が生えてて飛ぶんだ」
「気味が悪いよお!」
田中はぶるぶる震えている。
「もしかしたら、私達がゾンビだと思っていたのは繭みたいなものだったのかもしれない」
マミが考察を語ろうとした瞬間、一階にある檻の天井が吹き飛んで、6メートル50センチの高さにまで上がった。
二階の窓から吹き飛んだ鉄片が目視できたので間違いない。
ヴヴヴという羽音とともに、コミュ障ゾンビが天高く舞い上がっていく。
背中に生えた羽は、虫の羽でも蝶や蛾ではなく甲虫の鞘翅に近い形をしていた。
更に両腕が二倍もの長さになっており、関節がひとつ増えているではないか。
ブランと下に垂れた両の腕は見るからに硬質で、ブロック塀くらいなら粉砕できそうな風貌をしていた。
「あれで檻を壊したのか」
「このままじゃ、殺られちまうよお!」
「ウーン、今日は出ていほうがよさそうですね」
鈴木が僕の方を見て言った。
「ああ、調査は中止だ。一日あれの監視に徹する。できるだけ音を立てないように。今日は風呂も無しだ」
ゾンビではなく、繭。
マミが口にした言葉が、頭の中で反芻する。
闇雲に動いて貪り食うのではなく、目的を持って行動している?
ゾンビたちの体内で何がが起こっている。
人間が変態するなどありえない話だ。
すぐにも正体を暴きたいところだが、翅型ゾンビがどれほどの脅威なのかはっきりしないうちは、行動を控えるべきだろう。
奴ら相手では堀の罠も意味を成さない。
当面は毎晩の監視を二人体制にして、窓の幅も木片を打ち込むかして狭めたほうが良さそうだ。