なんとか元気に生きてます
ベツレヘムの輝きが失われ、夜が再び暗闇を取り戻したとき、世界は混沌に包まれる。
そんな文言がふと頭に浮かんだ。
ベテルギウスのガンマ線バーストが弱まったか、もしくは消えたかして、夜は一年前と同じくらいの暗さを取り戻しつつある。
連動してゾンビの動きが活発化しているのは、気のせいではない。
夜間に襲撃されることが増え、夜間監視で発砲しない日はなかった。
新潟で見た山ゾンビ、雪男のような体格をしたゾンビが都内にも出没しだしたのが気になる。
雪山ではないので「雪男」とは呼ばす、僕たちは「強化ゾンビ」と名付けた。
強化ゾンビの頭蓋骨は厚く、5.56m弾では貫通しない。
頭部なら5、6発、胴体なら15発程度を撃ち込んでようやく無力化できる。
7月15日、梅雨が開けたのか近頃は夜でも暑い。
あれから一年が経った今、工場には新たに加わったメンバーを含めて7人が暮らしている。
最初マミと一緒にこの工場に来た時には、予想もしなかったことがいくつも起こった。
僕たちは死ななかった。
「君もこっちに来て、みんなで写真を撮るんだ」
この日のために調達したフィルムカメラの前に、工場班の全員が立った。
最愛の人であるマミ。
相棒の鈴木。
射撃の腕ならイワンに匹敵する阿澄。
馬鹿の田中。
田中とはすぐに打ち解けた希美。
失語症の少女。
そして、僕。
移送のとき、中島班の駐車場で、僕は失語症の女の子に言った。
「君にはこれから、仲間を守れる強い人間になってもらう。この中で、一緒に死んでも構わないと思う人はだれ? その班に所属してもらう」
駐車場には、僕、中島、カズヤが立っていた。
女の子が指を刺したのは、僕だった。
「ふられちゃったわね」と中島は言った。
カズヤ別に何も言わなかった。
僕は責任が重くのしかかるのを感じた。
自分のためだけでなく、人のために生きられる人間になろう。
そのとき僕は思った。
シャッターが鳴る。
フィルムカメラの現像の仕方なんて知らない。
でも、一周年である今日は絶対に写真を撮っておきたかった。
生きた証を残すのだ。
「中島、聞こえるか?」
眠る前に、僕は各班に定時連絡をした。
「もしもし、こっちはお祝い中よ。一周年記念ですものね」
「祝うことじゃないだろ」
「前向きに考えるのよゥ。こんなことにでもならなきゃ、武田さんとも会えなかったんだし」
「お前と会えてよかったよ」
僕は言った。
「それはアタシの台詞です。助けてくれてありがとう」
カズヤ班とも連絡をとった。
無線機に出たのはトモヤだった。
「おつかれさん。変わったことはないか? 理沙の様子はどうだ」
「今は眠ってます。起きてるのは僕とマリナだけ。夜間監視中です」
「早寝はいいことだ。今日で一周年だな」
「はい、いろいろありすぎて、もうそんなに経ったのかって感じですね」
「火事だけは気をつけてくれよ」
「了解です。おやすみなさい」
「はい、おやすみ」
最後にイワンのところへ連絡した。
出たのはユキだった。
「イワンは?」
「アンナをあやしてるわ。昨日バズーカを作ってみたの。今度行く時に持ってっていい?」
「いいけど馬鹿みたいに撃つなよ」
「煙幕弾だから爆発しないわよ」
「どうだかな。お前の工作には何度も酷い目にあわされた」
「楽しんでたくせに」
「まァな」
「今日で一周年になるな」
「ええ? ああ、そうだったわね。よく覚えてるわね」
「忘れるもんか。連絡が遅くなってすまなかった。本当は一番先にするべきだったのに。アンナにもよろしく言っといてくれ。おやすみ」
「また明日ね」
今日は非番だからゆっくり眠れる。
夜間警備は鈴木と阿澄。
月明かりが、鈴木の横顔を照らしている。
もう彼はパーラメントライトを吸っていない。
手に入りづらくなったのと、置きっぱなしになっている品は風味が落ちているからだ。
敷地で自家製タバコを栽培し始めたが、まだ育たない。
本当は冬に植えておくべきだったのに、時期を逃したからだ。
良品を吸うためにはあと一年待たなければ。
鈴木には可哀想だけれど、禁煙するにはちょうどいいタイミングというわけだ。
「まだ起きてるの?」
隣に寝ているマミが言った。
「寝るよ。今日も疲れた。足が棒みたいだ」
「私もよ。おやすみ」
「ああ、おやすみ。いい夢を」
目を瞑ると、心地いい眠りがやってきた。
第一部完結です。
次話から第二部が始まります。




