ハンヴィーを盗まれて大慌て
4時頃、僕たちは狩りを引き上げた。
収穫は大量。
といっても魚釣りに来ているわけではないから、ゾンビの死体を持ち帰って炙り焼きにして食べたりはしない。
ユキはまだ帰りたくないと言っていた。
あのあと現れたゾンビの数は少なく、満足のいく射撃ができなかったかららしいが、僕の撃った弾がクリーニング店を爆発させたのは偶然の結果であって、狙って起こせなくても仕方ない。
射撃の腕はユキがピカ一だと何度説明したか。
ようやく聞き入れたユキとを連れて、三人でハンヴィーに戻った。
予定では、ハンヴィーでユキを送り届けたあと帰宅、ひとっ風呂浴びて夕食を食べて寝る。
難しいことは何一つない、簡単な仕事のはずだった。
「おい、待て。ハンヴィーが無いぞ」
車が停めてある地点、ユキが最初にゾンビを撃った角に来たとき、車が消えていることに気づいた。
田中がキーを車中に置きっぱなしにしていたのだ。
けれど彼は責められない。
世界がこんな有様になってから1年が経とうとしている。
車泥棒、車上荒しどころか、人間を見かけるのさえ稀だった生活が続けば、防犯意識が薄れるのもわかる。
非常事態に手間取らず発進できるようにしておけと命じたのは、他でもない僕だ。
「本当かよお」
車がなくなったのに気づいてすぐ身を隠した僕の横を、田中が通ろうとする。
それを腕で止めた。
「ストップだ」
「なんで止めんだよお」
「ゾンビが車盗んでったとは考えられない。相手は人間だ。まだこのへんをうろついてたらどうする。車には銃が積んであったんだぞ」
「それは無いわね」
ユキは言って、角から普通に出て行った。
「どうしてそんなことが分かる」
僕は尋ねた。
「車を盗んだら中に銃が入ってた。銃座には重機関銃、どう見ても軍用装甲車、持ち主に知られる前になるべく遠くに逃げようとするでしょ」
「遠くに逃げられたら探せないぞ」
「だから急いで追うんでしょうが!」
「相手は車、僕たちは徒歩、追いつけるとは思えない」
そうこうしているあいだに、ユキは田中にSV-99を渡し、自身はVepr-12に持ち替えていた。
そして車が停まっていた道をひとしきり眺め、言った。
「手がかり無しね」
「タイヤ痕とか残ってないのか? 逃げた方角が分かるかも」
「急発進したとしてもタイヤ痕はできないわ。積んであった武装はなに?」
「銃座の重機関銃とAKM3挺、それからダネルMGL1挺だ」
「やっかいね。少なくとも武力ではこちらが不利よ」
「相手は何者なんだ? なんでこんなことをする」
「お兄さんらしくもない。“こんなこと”をしない性格の人は、とっくにくたばってるのよ。あなただって“こんなこと”をしたから生き延びてる側でしょう」
「それはそうだが……クソッ、世紀末だぜ」
僕は傍らにあった石を蹴飛ばして、怒りをぶつけた。
「ユキちゃん、このあたりの地図って」
「ええ、今それを考えてるの」
いつもは頼りない田中が、自信満々で頼れる男に見えた。
目の錯覚かと思い瞼をこすってみたが、田中はユキと相談していて、通りがどうとか、路地がどうとか言っているのが聞こえた。
「この辺りの地図を覚えてんのか?」
僕は驚いて尋ねた。
「爆弾を仕掛ける前に田中と下見したのよ」
「大変だったよお。でも、おかげで地図が手に取るように分かる」
「それで、盗っ人はどこに行ったと思う」
僕の質問には答えないで、ふたりはボソボソと会話した。
「停めてあった方向に直進した確率は低いわね。あっち側は混雑していて、私たちも整理していない。となると私たちが狩りに向かった方向だわ」
目出し帽をかぶっているユキに言われると、まるでその筋の人から説得されているように思えて、妙な感覚になる。
「分かった、とりあえずその方角に歩きながら考えよう。僕の予想では、盗っ人はそれほど遠くには行っていない。この近くに拠点があるはずだ」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
当てずっぽうで言ったつもりが、予想以上に早くハンヴィーが見つかった。
豪邸のガレージに停められていた。
ガレージには簡単な罠が仕掛けてあったが、対処するのは簡単だった。
車の中を確認すると、当然だがキーと銃がなくなっていた。
僕一人で偵察に出たので、二人が待機している地点まで戻ってから作戦を立てた。
「だめだ、キーも銃もない。だけどおかしいぞ。この一帯は何度も捜索に来てるよな? 銃声もバンバン鳴らしてる。ここに住んでるのなら気づいたはずだ。なんで出てこなかった?」
ヤンキー座りをしている田中が、呑気にあくびをした。
ユキがそれを見てフッと笑う。
「出てきたくない理由があったんでしょ。イワンに聞いたわよ、島田って人のこと」
「やましいことがあるってわけか。どいつもこいつもやりたい放題だな」
「私たちに言えた義理かしら」
もはや生存者もゾンビも似たようなものだ。
外敵が少なくなれば活発化して、多くなれば身を隠す。
「厳しいな、中の状況が分からない。島田のときみたいに人質がいるかも。弾は何発残ってる」
「22LR弾は15発。散弾は16発」
「僕はあと30発だ。ハンヴィーには一個中隊とやりあえる分の弾が入ってた。何か使えそうな物は持ってないか?」
ユキと田中がポケットをまさぐって探す。
ドラえもんが何か無いかと道具を撒き散らすのと似ている。
そういう状況では、たいてい何も出てこない。
「ポケットにC-4が入ってた。小さくて車くらいしか吹き飛ばせないけど。信管を刺して起爆できるようになってる。起爆装置も一緒よ」
「そんなもんポケットに入れとくなよな……」
「使えそう?」
「やってみるしかないだろう」
ひとまずは偵察だ。
僕たちは音を立てないよう注意して、豪邸の正面にある2階建ての家に入った。
ここからなら豪邸の正面にある窓すべてを監視できる。
相手の人数を把握することからはじめよう