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ゾンビ・ハンティングにうってつけの日

都市迷彩の軍服に目出し帽をかぶったユキが敷地に現れた。

最初は何事かと思って警戒したが、SV-99を手に軽い足取りで工場に入ってくる彼女を見て、またいつものわがままだと直感した。

警戒していたマミや鈴木に拳銃をしまうように言い、僕は一階におりた。


「ユキ、何の用だ。体はもう大丈夫なのか。イワンはどこにいる」

「結構なご挨拶じゃないの。私ひとりよ」


僕は道路まで行ってみたが、イワンの姿はどこにもなかった。

工場に戻ると、ユキは銃弾を込めている最中だった。


「ハンティングに出かけるわよっ! 体がなまっちゃって、ゾンビの4、5体じゃ満足できないわ」

「乱射魔みたいなことを言うな。その銃はどうした」

「イワンがくれたのよ。出産祝いでね。あなた達が取ってきた物資に入ってたのよ」


SV-99は、イワンの持っているSV-98の改良版だ。

口径は22と小さいが、5.6mmのリムファイア弾を使えば人間の頭蓋骨を貫通させられる。

反動はおもちゃの銃並み、音も静かでハンティングにはうってつけというわけか。


「徒歩で来たのか? 無茶をする」

「来る途中で5体殺ったわ」

「それなら気が済んだろう。送るから帰れ」

「聞いてなかったの? 満足できないって言ったでしょ。まだまだこれからよ。田中いるんでしょ? あいつに車を出させて三人で狩りに行きましょう。雨も降ってないし、おあつらえ向きよね」


産後にヨガをするという話は聞いたことがあるが、狩りに行くなど初耳だ。

いろいろと体のことも心配だし、止めたほうがいいだろう。

僕が言っても聞かないだろうから、イワンに連絡をした。


すると彼は「それなら俺が言ったんだよ。気分転換に射撃でもしてこいって。そのあいだアンナの面倒をみておくから、安心して行ってきて」と言った。

無責任にも程がある。


「田中! 隠れてないで出てこい!」

ユキが田中を窖から引っ張りだしている。

この二人をほうっておくと、また爆弾でも作りかねない。

ついていったほうが賢明だ。


「車を出してくれ、僕も行くよ」

その声で田中は窖から這い出てきた。

観念したという表情だ。


「出発進行!」

元気がいいのはユキだけだ。

助手席にいた僕は、しぶしぶ運転席に座った田中と顔を見合わせた。

彼の口角は下がり、眉がつり上がっている。

僕も同じような顔をしていた。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



「ちょっと、なんでここなのよ。ここじゃゾンビを見つけられないでしょうが」

僕が田中に指示した狩場は、燃料気化爆弾の爆心地だった。


「ここでいいんだよ。アンナを片親にするわけにはいかないからな。安全な狩場で、安全に楽しめ」

楽しんでいるのはユキだけだが。


第一狩猟など時代遅れだ。

新潟の爺さんたちには悪いが、楽しみで狩りをするのは中世貴族くらいで十分だ。


しかも彼女の要望は、徒歩での狩り。

車内から撃つのはダメ。

歩きまわって獲物を探し、仕留めたいのだという。

ゾンビの数が少ないこの場所なら、もしものことがあってもユキを担いで車まで走れば逃げられる。


「まあいいわ。行きましょう、ついてきて」


彼女は躊躇いもなくひとりで車から離れていく。

こんなことが平気で出来るのはイワンとユキだけだ。

僕なら緊急事態でもないかぎり車から降りないし、降りても側を離れない。


「行こう田中、はぐれるとまずい」

「アイアイサー……」


いつもは車に残って見張りをする田中も、今回は一緒だ。

まるでVIPを護衛するSPになっている気分だ。


僕たちが追いつく前に、ユキは早くも中腰になって銃を構えていた。

視線の先にはガリガリにやせ細ったゾンビがいる。

そのゾンビは瀕死というか、体力が尽きている感じで、崩れかけたブロック塀にもたれて動かなかった。

とはいえ死んでいるわけではなく、かすかに胸が動いている。

呼吸している証拠だ。


「見逃さないでよ」

そう言ってユキは引き金をひいた。

ゾンビの頬をかすめた.22LR弾は、片耳を撃ちぬいた。


ゾンビは藤原竜也のように「ん゛あ゛ぁ゛ぁ」と鳴き声をあげて、腰を浮かせた。

次に撃った弾は左足の大腿部に命中したが、ゾンビにとっては致命傷でもなんでもなく、よろめいただけだった。

しかし、そのよろめきは体力の尽きかけたゾンビには効いた。

ゾンビは転び、寝転んだ状態から顔だけ上げて、周囲を見回している。


「自分がどこから攻撃されてるか分からないのよ」

ユキが言った。


「お前性格最悪って言われない? 可哀想だから楽にしてやれよ」

「はいはい、怒らないでよ」


たとえゾンビでもなぶり殺しは好きじゃない。

殺るときはスマートにがモットーだ。

ユキは次弾で瞳のど真ん中を撃ちぬいた。


「これを飽きるまでやるってのか?」

「そうよ。ゾンビの数は少ないほうがいいでしょ」

「それはそうだが……」


「俺もやりたい」

始まった。

田中の好奇心が起き出してきた。


彼はVepr-12を持ち出してきていたが、減音装置サプレッサーをつけていたとしても音が響きすぎる。

ユキにSV-99を借りて撃つことになった。


都合よくゾンビは見つからない。

彼女自身が作った爆弾でこの地は掃除されているのだ。

次の標的を見つけるまでに、僕たちは歩かなければならなかった。

産後だというのにユキは元気ハツラツで、誰よりも素早く行動した。


「あ、あそこ見て。クリーニング屋の前、ゾンビがいるわ」

「あれは射程ギリギリだ。当たっても威力不足で仕留められん」

「いいから、さあ田中、撃ってみなさい」


「任せとけェ……」


地形からいって、高地から低地を狙う格好になった。


一発目は外れた。

二発目も外れた。

三発目も外れ、四発目も外した。


「諦めろ、お前の腕じゃ無理だ」

「クソォ……」

「今度はお兄さんがやってみて」


ユキの催促に負けて、僕はSV-99を取った。

田中では無理だと言ったが、僕でも無理だ。

今日はじめて使う武器で、玄人並みに当てられるほうがおかしい。


「期待はするなよ」

保険をかけてから撃った。


どこにどう弾が飛んだのかは不明だけれど、僕が撃ってから一秒後にゾンビの頭上にあった電線が切れ、鞭のようにしなった電線がのたくってクリーニング屋のガラスを割ると、何がどうなったのかクリーニング店が爆発炎上し、店の前にいた5体のゾンビは火だるまとなって燃え尽きた。


唖然としたのは僕である。


「クソォ……」

先ほどと比べて一段と恨みがましい声で田中が言う。


「やるじゃない! 見なおしたわ。これは勝負ね。帰るまでにどっちが多く仕留めるか」


「いや、あれは偶然だ」とは言えない。

なぜならそんなことを言えば、火に油を注ぐ結果になるからだ。

タイミングさえ揃えば自分にも出来ると思ったユキは、実現するまで帰らないと粘るだろう。


「あれくらい朝飯前だ」

だから僕はそう言った。

声が少し裏返っていた。

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