高校講座 尋問基礎
田中を呼びつけて事情を聞いた。
男をハンヴィーに乗せるときに、どうやったのか、何を喋ったのか。
田中が言うには、生存者を見つけた興奮で「助けに来た」と叫びながら近づくと、急に走って逃げ出し、それを車で追いかけたのだという。
拘束して連れてきた理由は、車で追いかけたとき既に男は暴れており、そのへんにあった石などを投げつけてきたからだった。
車が男の横を走っているときに扉を開け、転ばせてから結束バンドで拘束。
念のため銃をつきつけて、暴れださないようにして車に乗せてそのまま連れてきた。
「こっちの情報は、どこまで明かした」
僕は尋ねた。
「車に乗ってからは、あいつが訳わからんことを言いまくってて、俺ぁ運転中だったから、喋る暇なんてなかったよお。とにかく工場に連れて行こうと必死だったからなぁ」
「眞鍋たちはどうだ。何か喋っているのを聞いたか?」
「なあんにも。だってあいつ、うるせえんだよお!」
なるほど。
相手は僕たちが「助けにきた」と言っているにもかかわらず逃げた。
「僕が話をする。夕方まで時間がないが、お前は眞鍋たちともう一度男を回収した地点に行って、付近を捜索してみてくれ。持ってたスーパーの袋には店名があった。その店の中も探してくれ」
「アイアイサー。徹夜か?」
「悪いな。あのへんのゾンビは燃料気化爆弾で掃除してあるらしいから、泊まりで頼む。物置に遠征用のがパッケージになってるから、積んでってくれ」
田中たちが出ていき、阿澄や香菜を二階に戻らせると、僕は鈴木と短い打ち合わせをして、下に行った。
いざご対面というわけである。
今までは騒いでいるだけで大人しかったが、暴れられては大変だ。
パイプ椅子を床に固定して動けないようにし、両足首にも結束バンドをくくりつける。
作業をしたのは鈴木だ。
僕は余裕のある足取りを心がけて、ゆっくり、しかし相手から目をそらさずに机に歩み寄って、自分用のパイプ椅子を、いかにも手馴れているといったふうに置いて、座った。
鈴木から貰った煙草に火をつけて、ふかしているとバレないようちゃんと肺に吸い込んで、煙を男の顔に吹きかける。
「あんたが親玉か?」
男が言った。
僕は黙ったまま腰からManurhin MR73を引き抜いて、机の上に置いた。
椅子を固定し終わった鈴木が僕の横に立つ。
「ガキが。粋がってんじゃねえぞ。お前らナニモンだ? 答えろ、おい!」
もちろん答えない。
座ったまま横にいる鈴木に目を移し、半笑いで男の顔に視線を戻す。
そしてリボルバーを手にとって、シリンダーに弾が込められているのを確認する。
「ナニモンだ、だとよ。俺達がナニモンだ、だと。何だと思う?」
半笑いのまま、鈴木に聞く。
鈴木は答えない。
決めれた文句以外は喋らないよう言ってあるからだ。
「お前は何者だ」
僕は男の目を見て言った。
男も頑として答えない。
「まァ、答えたくないなら言わなくていい。俺はお前と同業者だ。後白河と呼んでくれ」
拘束されている男に向かって、握手するよう手を伸ばす。
「同業者だと? 俺の何を知ってるってんだ」
「何も。だが臭いでわかる。どこの組のもんだ、え?」
「クソガキが。ヤクザを騙ろうたってそうかいかねえ」
「信じないならそれでもいい。喋らないなら、喋りたくなるようにしてやる」
この言葉を合図に、鈴木が二階にまとめておいたノコギリ、注射器、酸素ランスを取りに行く。
尋問で相手から情報を聞きだずにはまず恐怖を与える必要がある。
痛みではなく、恐怖が人を饒舌にさせるのだ。
「脅そうとしても無駄だ。お前ら自衛隊だろ。表の車を見た」
銃がついている車や、銃を持っている人を日本国内で見かければ、誰だって自衛隊かアメリカ軍人だと思う。
日本語を喋っていれば自衛隊、英語ならアメリカ軍人だ。
「言っただろ、俺たちは同業者だ」
鈴木が持ってきた品の中から注射器を掴んで、中身を見せつけるよう相手に近づける。
「フェンタニル、強力な麻薬だ。お前の体なら……面倒だ、全部打とう」
本当は水が入っている注射器を男の体にさして、あたかも麻薬を打ち込んでいるかのような雰囲気を出す。
男は言った。
「やめてくれ! わかった、言うよ。俺は島田幸治、半年前にムショから出てきてここにいる。お前らと争う気はない、見逃してくれ」
注射器を抜かず、鈴木の顔を見る。
彼は首を振った。
麻薬を使用している者でもしていない者でも、薬を過剰摂取すればどうなるか知っている。
薬と縁のある人間ならなおさらで、自分が犬のように転げまわって、糞を撒き散らしながら死んでいくのを想像すると、たいていのことは喋るようになる。
たぶんフェンタニルを致死量打っても普通に死ぬだけだけれど。
「脱獄囚か、じゃあ生かしといても価値はないな。殺そう」
再び注射器を打つそぶりをする。
本当に打つ気はないし、打っても何も起こらない。
「待って、待ってくれって! 欲しいものを言ってくれ。お前らに全部やろう。薬でも、銃でも、女でもいい、全部、好きなだけやるから見逃してくれ!」
僕は偽フェンタニルを島田に注射した。
椅子に戻って、別の注射器を手に取る。
「クソッ、喋ったのに、畜生、お前ら殺してやる」
「落ち着け、これがあれば死にはしない」
僕は注射器を島田の顔に近づける。
「隠れ家はどこだ? 言ったら打ってやる」
「住所は……」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
島田が言った住所にイワンを急行させた。
途中で田中たちとも合流出来たらしく、連絡から2時間後には工場に戻ってきた。
イワンの装甲車には、3人の女性が乗っていた。
僕は女性が降りるのと入れ替わりで装甲車に乗った。
当然、島田も連れて行く。
「鈴木、彼女たちのことは任せた。僕はこいつを捨ててくるから」
「アイアイサー」
扉が閉まり、車が発進する。
「おい、喋ったんだから早く解毒薬を打ってくれよ!」
「さっきのはただの水だよ。イワン、労をとらせて悪いな。なるべく遠くに飛ばしてくれ」
「彼が例の島田サン?」
「ああ、そうだ」
「違う、あいつらは俺の彼女だ。助けてやったんだよ、本当だ」
「彼女に手錠をはめて犬小屋に押し込んでんのか? 変態だなお前」
僕は救助にあたった田中が言っていたことをそのまま言ってやった。
「違う、あれは……」
「ゲスが殺さないと治らないよ。撃っていい?」
イワンが言った。
僕は考えた。
町中に捨てたとしても、廃墟だらけ、食料だらけの東京では簡単に生き延びられる。
銃や武器が隠されていた隠れ家から遠くに移せば、改心してまともになるだとうと思っていたのだが、イワンの言うように、ゲスは死ななきゃ治らない。
「イワン、任せた」
「よし、いま殺そう」
僕は車から降りなかった。
目をつむっていると、イワンが降りて、島田を外に引きずる音が聞こえた。
島田はずっと命乞いをしていたが、銃声がしたあとには何も聞こえなくなった。