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相手がカタギではない場合どうするか

マミと阿澄が帰って来た日、僕は工場にいた。

効果はなくても創作活動は続けていて、今日は田中が当番だった。

成果が上がらずとも続けることに意味があるという日本人的な根性を発揮して、僕たちは生存者を見つけることではなく、探すことに意義を見出しつつあった。


目的と手段が逆転して、停滞感で気がおかしくなりそうになりつつも、どうにか正気を保って毎日を過ごしていた僕にとって、我が麗しのひとであるところのマミが帰って来たのは、良い気分転換になった。

鈴木にとっては阿澄がそれだ。


「ただいま」

マミがバックパックを下ろしながら言った。


「おかえり。もうユキの具合は良いのか?」

「若いからすぐに回復したわ。まったく、あやかりたいくらいの生命力」

「お疲れさん。ゆっくり羽根を伸ばしてくれ。今お茶を淹れよう」

「ありがとう」


見ると鈴木と阿澄は抱き合っていた。

気持ちはわかるがもう少し配慮してほしいものだ。


「香菜、お茶を淹れるから手伝ってくれ」


僕は香菜をふたりから遠ざけた。

教育に悪いからだ。

しかし人間の本能である恋愛、性愛行為を教育に悪いと断じてしまってもいいものだろうか?

良いに決まっている。

子供が見るものではない。


「アツアツって感じよね」

香菜が言った。


「お茶を淹れる用のお湯はアツアツにするなよ。沸騰させると風味が落ちる」

「そうじゃなくて、あの二人のこと」

「どの二人? 僕は知らんな」


田中が出掛けてから4時間くらい、昼食を摂ったばかりだから、時刻は1時と2時のあいだか。

一応全員が時計を持っているが、僕は長い間見ていない。

日の出と日の入がいつぐらいか把握していれば、細かい時刻など知る必要がないからだ。


お茶を淹れて持って行くと、マミは壁に背をもたれさせてぼうっとしていた。

窖の側では鈴木と阿澄が座って談笑に耽っている。

不用心である。


マミにお茶を渡して、近くの窓の前に置いてあるベニヤの箱に腰掛けて、双眼鏡で街の様子を見渡す。

春すぎて夏来にけらしという感じの陽気である。

もうじき梅雨になる。


香菜はマミの隣に座って一緒に茶を飲んでいる。

僕は一人分の湯のみしか持ってこなかったのに、ちゃっかり自分の分のを持ってきたらしい。

仲よさげに茶を飲むふたりはまるで姉妹のようだ。


「僕たちが新潟に行ってるあいだに、ユキが爆弾作って多摩美のほうで実験したらしいぞ」

「ユキから聞いた。失敗だったってね」

「あんまりはしゃぎ回るのも良くないな。火事になれば消せないんだし」

「雪が残ってる場所を選んだらしいわよ、彼女なりに配慮はしたんじゃない?」

「どうだか」


何気なく銃をとって、道路を眺めていた。

ハンヴィーが猛スピードで走ってくる。

今日の運転手は田中のはずだ。

また調子に乗って、無鉄砲な運転をしているのか。


「田中が帰って来たみたいだ。何かあったのかな、夕方までにはまだ時間があるぞ」

「見てきたら?」

マミがだらけた声で言った。


「私行ってくる!」

香菜が元気よく走っていった。

彼女の姿が敷地に見えたと同時に、僕は工場に視線を移した。

いつまでもいちゃついているバカ二人を注意するためだ。


「鈴木、阿澄! 田中が帰った。何かあったみたいだから見てきてくれ」


二人はしぶしぶといった感じで下に向かった。

さて、これで僕自身も大いにマミといちゃつける。

マミを見ると、視線を外された。


「マミさん」

「なに」

「いちゃつこうか」

「ひとりでやって」



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



怒鳴り声が下階で響いた。

男の声だ。

怒鳴るといっても喚き散らすようで、何を言っているのか上からでは判別できない。


鈴木が神妙な顔をして戻ってきた。

「生存者発見だ」

彼は沈んだ声で言った。


僕が下に降りようとすると、鈴木に止められた。

男は興奮していて、自分の身に危険が迫っていると勘違いしているらしい。

何を叫んでいるのかと尋ねると、鈴木は首を振って


「殺してやるとか、離せとか、そういう類のものだ」

「厄介だな、精神異常者か? どこで見つかったか、田中には聞いたか」

「町田市の道で、食料を抱えて道を歩いていたところを保護したと言っていたが、田中たちが近づこうとすると大急ぎで逃げたって話だ。こいつは妙だぜ。いくらこっちが銃を持ってるからって、何もしないうちに逃げるか普通?」


確かに妙だ。

なぜ逃げたのか、理由を聞かなければならない。


「それで、なんで僕は見に行っちゃダメなんだ?」

「結束バンドで拘束してるんだが、態度が舐め腐っててな。たぶん田中たちが下手に出たからだろう。出向いて行って直接質問するより、事前にある程度の情報を持ったうえで脅したほうがいい」

「どういうことだ?」


「田中の話じゃ、逃げてるときの様子が、どこかに向かってる風だったらしい。こんな状況でホームレス生活ってなわけないから、拠点があるんだろう。隠れ家が分かれば、素性もはっきりする」

「聞いてみればいいじゃんか」


僕はなぜ鈴木がそこまで生存者を恐れるのかわからなかった。

いくら暴れているといっても、現に拘束されているのだし、こちらには銃がある。

人数も有利で、恐れる理由がない。


「こっそり見てみろ。そしたらわかる」

鈴木は言った。


僕は階段から顔だけ出して、下の状況を伺ってみた。

椅子に座らされている男が、例の生存者だろう。

それを囲むようにして、田中、中島、カズヤ、眞鍋、香菜、阿澄が立っている。


男は相変わらず喚いている。

伸びきった長髪、不揃いの髭、野生児のような体つき。

半開きの口、ボロボロの歯、血走った目。


「あれはまともじゃないな」

僕は言った。


「ああ、まともじゃない。どう見てもカタギじゃなさそうだ」

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