野菜不足が心配なので工事する
毎日缶詰を食べているのでは栄養バランス的に不健康なので、マミや阿澄と相談した結果、自家製野菜を育てることにした。
野菜を育てるには、土や肥料や水がいる。
通常の社会でも贅沢なのに、このように物資が不足している状態で、野菜が育つのかどうか。
それに定期的に発生する霧。ゾンビの発生を抑える霧は、僕たちにとっては有益だけれども、野菜にとっては害になるだろう。
それに加えて、ゾンビ騒動が起こってからどうにも寒暖の差が激しく、それも野菜にとっては害をなす要因だった。
それを言うと、調理師を目指しているという阿澄が反論した。
「野菜はね、私達が思ってるほど貧弱じゃないの。野生で育つ物もあるし、マット・デイモンなんて火星で育ててたじゃないの」
「あれは映画の話だろ。だけど何を植える木なんだ。夏真っ盛りのこの時期、今から夏野菜を飢えても枯れてしまう」
「秋、冬野菜を飢えます」
彼女の言い分には一理ある。たとえこのまま生き延びたとしても、缶詰生活で弱った体は、大病には耐えられない。
気温が下がり、乾燥してきたときにインフルエンザウイルスが出てくれば、一網打尽になる可能性もある。
ゾンビがそれほど脅威でない現状、盤石な拠点を作っておくのは理にかなっている。
「まあ、見よう見真似でやってみよう。田中、ついて来い」
「どこに行くんだよお!」
「近場だよ。パワーショベルが停めてある工場があったはずだ」
その場所は工場というより建築機材のレンタル会社の敷地だった。
小型のパワーショベルが二台とフォークリフトが一台停まっている。
他にもブロック塀用のコンクリートブロックが積まれていた。
見たところ無人で、盗むにはうってつけの状況だった。
ショベルカーを盗む人間は少ない。
盗んでも使い道がないし、堂々と運転して盗めばバレる。
だから鍵の構造も単純だ。
運転して工場に戻る間に、数体のゾンビが音につられて追ってきた。
田中が処理にあたり、難なくショベルカーを持ち出すことに成功した。
作業中は鈴木、マミ、阿澄を護衛の任務に当たらせて、もし音を聞きつけたゾンビが集まってきた場合、構わずに撃てと命じておいた。
作業はゾンビの活動が鈍る早朝の時間帯に行うので、最悪の事態にはならないとは思うが用心するに越したことはない。
田中にはこまごました作業を担当してもらった。
有刺鉄線を移動して、散らばった工具や土のう袋、トラバサミを片付けてもらう。
いい機会なので、この際工場の敷地を広げることにした。
広げるといっても、フェンスも塀もない工場に外界との境界線はない。
境界線を新たにこしらえて、ゾンビの侵入を防ごうという寸法だ。
盛り土をして塀もどきを作ろうかと思ったが、土の量が膨大になるのでやめた。
かわりに穴をほって、簡単な堀(水は張らない)を作り、穴掘りで生じた土を掘りの正面に積んでおいた。
越えようとしたゾンビは、落差三メートルの堀に落ちるというわけだ。
逆ハの字に積んだ土のうの外側に、同じく逆ハの字の堀、盛り土が出来た。
肝心の畑だが、まずアスファルトを引剥して土を露出させ、後で人力で耕しやすいよう軽く掘っておいた。
作業時間は8時間。慣れない操縦で尻の感覚がなくなり、ずっと腕に不要な力がこもっていたらしく、二の腕がパンパンになって激痛がするようになった。
「あちゃー、これはしばらく筋肉痛で動けないぞ」
ハンターハンターの幻影旅団の金髪の奴が言っていた台詞を言うと、田中には通じたらしく笑っていた。
作業の間、断続的に銃声が鳴っていたのは、三人の仕事だ。
怪物が出たら中断して報告に来るよう言ってあった。
来なかったところを見ると現れなかったらしい。
何にせよこれで野菜不足は解消される。
無論、野菜がきちんと育てばの話で、植えた野菜が食べられるようになるのはまだまだ先である。




