酸化エチレンで街を吹き飛ばした話
仕事のあとのひとっ風呂は格別だ。
筋肉がほぐされ、一日の疲れを忘れられる。
エヴァンゲリオンでミサトさんが、風呂は命の洗濯よと言っていたが、まさしくその通りである。
僕は鈴木と一緒に風呂に入った。
警備が手薄になるので一人でもよかったが、久しぶりに男話でもと思ったのだ。
ドラム缶風呂はやはり二つ並んでいるのが乙なものだ。
最近鈴木は、工場にこもりっきりでストレスが溜まっているようだった。
阿澄とはまだしばらく会えないし、リーダーとして慰安を与える義務がある。
「首尾はどうだった」
捜索のことを鈴木が訊いてきた。
「静かなもんだ。多摩美方面はダメだな。地震の影響か倒壊した建物が多いし、火事があったみたいでところどころ焦げてる家もあった。そして何より、芸術家かぶれがひょっこり出てきても扱いに困るだけだろう」
「違いない」
冗談がうけたらしく、彼は笑った。
良い兆候だ。
笑いは人間関係を良好にする。
「明日はお前が行くんだろ。予定では明日も多摩美方面だったと思うが、やめといたほうがいいな」
「それなんだが……」
鈴木は煮え切らない態度をとった。
「どうした、何か問題でもあるのか?」
「いや、問題ということじゃないんだが、中島班からは聞いていないのか?」
「聞くって、何をだ」
彼は水の中に顎までつかって、考えていた。
眉間にしわを寄せて、瞬きを多くしている。
「家が倒壊していたり、焦げていたりしたのは地震のせいじゃない」
「え?」
今度は僕がしわを寄せる番だった。
「言いにくいんだが、ユキのしわざだよ。新潟に遠征中のことだ。温かくなって、雪が溶けてそろそろ外に出られるってなったときに、たぶん退屈してたんだろうな。直接見たほうがいいか。出よう、見せたいものがある」
僕たちは連れ立って風呂を出た。
脱衣所で体をふいて、十分に水気をきってから服を着た。
それから向かったのは工場ではなく、物置だ。
物置には物資が所狭しと並べられている。
棚という棚は薬品や食料が置かれていて、床にも水や建築資材などが置かれている。
どこに何があるのかだいたい把握しているつもりだったが、新潟遠征を経てからはあまり物置に足を運ばなくなったのと、単純にそれぞれが持ってきたものを適当に置いておくので、把握しきれなくなっていた。
鈴木は木箱が積まれた一郭に歩み寄ると、それを横にずらして、奥を指差した。
そこには酸化エチレンのボンベがずらりと並んでいた。
医療用の器具を消毒するのに使われる酸化エチレンは、燃料気化爆弾の材料でもある。
熱によって急速に沸騰させると体積が膨張し、そのスピードは秒速2000mに達する。
更に膨張したガスに引火させることで、炎は広範囲に広がり長く燃える。
範囲もそうだが、膨張したガスに引火して爆発したときの衝撃も凄まじく、その威力は人間を粉微塵にし装甲車を吹き飛ばす。
独特の爆発メカニズムで、自由空間蒸気雲爆発とも呼ばれる。
「爆弾を作るってんでやってみたんだ。精巧には作れないから、ボンベを何本か用意してとにかく燃えるもんと一緒にして、一回爆発させたあと時差でもう一度爆発を起こして火をつけることにした」
「それで成功したと」
「いいや、失敗だった。成功してたらあの一帯が消し飛んでたはずだ」
何をやっているんだか。
ユキはともかく、監督役の鈴木まで一緒になって兵器作りとは。
いくら阿澄と付き合いたてで浮かれていたとは言っても、これはやり過ぎだ。
「それで、なんで多摩美近くでやったんだ」
「翅型ゾンビの巣があったんだ。冬眠してるみたいに、一箇所にまとまって動かなくなってた。特大キンチョールで大掃除作戦。最高だろ!」
「最高なわけあるか! そのボンベ、明日処分しに持ってけ!」
鈴木までユキや田中の同類に落ちるとは、誤算だった。
ただでさえゾンビ相手で死ぬか生きるかの格闘をしているのに、仲間が燃料気化爆弾で花火大会をおっぱじめた日には、命がいくつあっても足りない。
きちんとした施設で、適切な知識を持った人間が作るならいいが、素人の工作で爆弾作りだと?
冗談もいい加減にしてもらいたい。
「でも翅型ゾンビを大量にあの世に送ったぜ。酸化エチレンって毒ガスにもなるんだな」
「うるさい! さっさとその物騒なボンベを片付けとけ!」
僕は怒って物置を出た。
フラッと遠征に行くのも考えものだ。
僕がいなくなるたびに化学実験をされたのでは、おちおち食料調達にも行けない。
田中にも注意しておいたほうがいいだろう。
手先が器用な鈴木と違って、あいつは折り紙も折れない不器用者だ。
そのくせ鈴木よりも好奇心が強いときた。
頭が痛い。