人が人を撃つのに必要なこと
香菜を食料調達に連れて行く事にした。
食料の備蓄にはまだ余裕があったけれども、ゆくゆくは一人前の戦力として育ってもらわなければならない。
工場は人手不足だから、眞鍋と中島に来てもらう。
中島を工場に残し、僕、眞鍋、香菜の三人で食料調達に出向くのだ。
これは中島班との顔合わせも兼ねている。
本当はマンションに連れて行きたかったのだが、ユキの出産や何やらで今まで行けなかった。
顔合わせが遅れれば遅れるほど溝ができる気がして、急遽外に連れ出すことにした。
最初の自己紹介の日を欠席すると、輪に入りづらくなる理論である。
眞鍋の車は昼過ぎに到着した。
夕方まで約4時間ほど。
いつものスーパーにはあまり食料が残っていないが、勝手が分かっているほうが安全だと判断して、いつもの場所に行くよう眞鍋に指示した。
出発までの短い時間、中島に香菜を紹介した。
前回彼が工場に来たときに紹介し忘れていたのだ。
「彼女が木崎香菜さん。そしてこっちが中島班のリーダー、中島拓郎だ。オカマだから気をつけろ」
「ずいぶんな紹介ね。中島です、よろしくね、香菜ちゃん」
「よろしくおねがいします」
「困ったことがあったら何でもお姉さんに相談してね。このお兄さんにセクハラされたらすぐに言いなさい。いつでもアタシたちのところへ遊びに来てもいいのよ」
「はい、時間ができたらお邪魔させていただきます」
「香菜ちゃん、車に行って、眞鍋にも挨拶してきて」
「わかった」
髪を揺らして走っていく後ろ姿を眺めていると、親になったような気分になる。
「いい子じゃないの」
「ああ、強い子だよ」
「それで捜索のほうはどうだった」
あれから一週間が経過していた。
毎日無線機で報告は受けていたが、直に会って詳細な状況を聞いておきたかった。
「壊滅的ね。人っ子一人いやしない。室内に隠れているんじゃないかと思って、何軒かに侵入してみたけどダメ。痕跡さえ見当たらなかったわ」
「簡単には見つからないか」
「アタシたちがこれだけ派手にやってるんですもの。渋谷区の人ですら音に気づいてたのに、この辺にいる人が気づいていないはずがないわ。今まで出てこなかったってことは、そういうことでしょうね」
やはり捜索範囲を広げるしかなさそうだ。
そうなれば人員を増やさなければ危険だ。
「地道にやっていこう。新潟では老人が生き残ってたんだ。可能性は十分にある。今度の捜索には僕も参加しよう。カズヤ班から二人、僕、そして中島班から二人の計5人だ」
「構わないけど、一週間の連勤でヘトヘト。少し休みをちょうだい」
「よし、三日休みをとろう。そしたらまた一週間、捜索活動だ」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
「この辺にいるゾンビは強いの?」
スーパーに向かう道中で、香菜が言った。
「歩いている奴はそうでもない。数が増えれば強敵だけどね」
「なんか緊張してきた」
彼女は窓の外を見ている。
ハンヴィーに揺られながら、僕は自分が香菜くらいの歳の頃を思い出していた。
当時通っていた塾に車で送ってもらう途中、今の香菜のような目で窓の外を眺めたものだ。
そのときには、世界が今この瞬間終わってしまえば、塾に行かなくて済むと考えていた。
塾も学校も、何もかもがなくなる世界。
そんな光景を夢想し、目に見える家々が燃えて瓦礫と化す想像をしていた。
車が走っているのは、無人になった街。
地震や大雪の影響で倒壊した家もある。
僕が想像した世界。
今は現実の世界。
「香菜ちゃんにはガルガンチュアがついてるだろ。相棒を信じてやれよ」
「わかってる」
そう言って彼女は、CZ 75 P-07のグリップを握る。
Cz75を小型化した拳銃である香菜の愛銃ガルガンチュアは、12歳の少女の手によく合った。
まるで手の一部であるかのようにフィットしている。
「さあ降りて。訓練通りやれば大丈夫。僕と眞鍋もついてるんだ、落ち着いていこう」
車を停めて、毎度のように電撃戦で攻める。
実戦なので、香菜には拳銃ではなく減音装置付きのPP-19 Bizonを持たせた。
ガルガンチュアはお留守番である。
僕と香菜が前、眞鍋が後ろについて特攻をかける。
このスーパーだけでなく、ゾンビは建物を好む習性があるようで、来店毎クリアリングしてゾンビを撃ち倒しても、次に来るときには必ずと言っていいほど新顔がいる。
洗剤コーナーで洗剤をペロペロ舐めているのだ!
危険ポイントの洗剤コーナーを見回ったとき、顆粒タイプの洗剤を舐めているゾンビと出くわした。
体全体が変色して、ホタルイカのように体表面が発光している。
瞳はコウイカとそっくりで、深い黒色は深淵を覗いているかのように不気味だ。
「さあ、撃って」
僕は言った。
香菜は銃を握っているが、なかなか撃とうとしない。
「どうした、撃てないのか」
彼女は間近で見るゾンビに気圧されているようだった。
無理もない。
僕も目の前にいるモノを便宜上ゾンビと呼んでいるが、これはもはや人型の異食動物である。
「香菜ちゃん、やるんだ」
香菜は撃った。
反動で弾がずれたが、初弾を含む数発が命中して、ゾンビはどす黒い墨のような血を吐いて地面に伏した。
「よくやった」
「言わないで。ごめんなさい、でも言わないで……」
香菜は目を見開いて、ゾンビの死体を見つめている。
遠距離から仕留めるのと、近距離で仕留めるのとでは、手を下すという感覚に差がある。
近距離の敵を撃つ場合には、遠距離の場合の数倍、殺意を込めなければ引き金が引けない。
香菜の目には涙が浮かんでいた。
人が殺意を込める時にやること。
彼女は言わなかったが、僕には分かった。
香菜は両親を想像しながら引き金を引いたのだ。
12歳ともなれば、この状況で、側に両親がいなければ自ずと理由を導ける。
復讐は、単純かつ強力な殺意の原動力である。