説得に要する時間Aの値をピコ秒で求めよ
「納得できるわけないでしょ」
「こればかりは譲れない」
マミの説得は難航していた。
有り体に言えば、僕がやろうとしているのは殺人だ。
ゾンビを撃つのとは訳が違う。
「先に手を出してきたのは向こうなんだぞ。なんとかなったからいいものの、殺されてたっておかしくなかったんだ。今後、同じような悲劇を生まないためにも、ここで釘を刺しておいたほうがいい。現に今だって奴らの動向は知れないんだ。他の生存者を襲って監禁している可能性もある」
「だけど人は撃てないわ」
「全員撃ち殺せとは言ってない」
「どのみち撃てば怪我して出血や感染症で長くはもたないわ」
「そうだ。でも生き残った奴は二度と他人に危害を加えようなんて考えないはずだ」
楽観的に捉えての話だ。
反撃してきた場合でも、こちらには対処できる戦力がある。
「ちょっと考えさせて」
マミは言って、工場に入っていった。
他のメンバーは対人戦闘訓練の真っ最中だ。
様々な距離に鉄板を配置して射撃訓練をしたり、狭い室内を想定して作った石膏ボードの迷路の中で的を撃つ訓練をしている。
前衛の武装をAKS-74Uで統一したのには理由がある。
狭い場所で取り回しやすいこともひとつだが、ひと目で連携のとれた武装集団だと分からせることが重要だ。
何よりAKS-74Uを持った6人が目出し帽を被っていれば、まっとうな日本人でないことは一目瞭然だ。
良くてヤクザや何らかの犯罪集団。
悪ければAKS-74Uのビジュアルから外国人部隊を想像するだろう。
少なくとも渋谷区連合は僕のことを自衛隊員だと思っている。
自衛隊員が持つはずのない武器を持った集団が攻め込んでくれば、混乱を誘発できる。
「お、香菜上手いぞ。もう何度か練習したのか?」
「うん、船の上でやった」
今回の強襲には参加しない香菜だが、射撃訓練を一緒にやっている。
15m離れた的にCZ 75 P-07を撃っていて、なかなかどうしてよく当たる。
揺れる船の上で練習したから、陸では調子が出るのかもしれない。
銃弾は保存状態さえよければ、基本的には消費期限というものがない。
さすがに僕たちの孫世代まで使えるかどうかは怪しいが、使うと危険なだけで撃てはする。
「当たったよ! ね、今の見てた? 見てない? なんで!」
阿澄が大興奮で言った。
彼女はL115A3を持ってビルから援護する係だ。
新しい銃に慣れるために撃たせていたが、どうやら使い勝手がいいらしい。
「どこに当たったって?」
「すげえ、850mの的、ど真ん中に命中だ」
観測手を務めていた田中が答えた。
「850mだって? そんな距離に的は置いてないだろう」
「いや、せっかくだから遠くを撃ちたいと阿澄が言うからよお、あそこにある釣具屋の看板を狙えって言ったらば、ドーッン、命中したのよお」
.338 Lapua Magnum弾は長射程に有効な銃弾。
L115A3と阿澄の視力が合わさると、驚異的な武器となる。
狙われた人間は死を覚悟する以外にやることはないだろう。
「マミに自慢してくるわ」
彼女は立ち上がった。
「ああ、待って。阿澄からも説得してくれないか、これは必要なことなんだって」
「なに、また喧嘩したの?」
「そんなところだ」
「仲が良いのか悪いのか分からないわね。じゃあ、行ってくる」
「あいつ、鈴木と付き合ってるって知ってるか?」
田中が言った。
「帰って来たときに鈴木から聞いた。ずっと鈴木の返事待ちだったし、お定まりの結果って感じだな」
「とうとう独り身は俺だけかあ……」
「なんだ田中、お前寂しいのか?」
「そうじゃないんだけどよお、取り残されるってのは俺の主義に反するからよお」
「梓もマリナも真純もいるじゃないか。オバチャンは置いとくとしても、香菜ちゃんもいるんだぞ。選び放題じゃないか」
「自分、不器用ですからッ! 訓練行ってきますッ!」
高倉健の真似をしようとしたのだろうが、全然似ていなかった。
田中はAKS-74Uを引っ掴んで走っていった。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
夕方、使った道具類を片付けていると、マミがそばに来た。
「阿澄に言われた。ちゃんと話しあえって」
「気が乗らないなら無理しなくてもいいよ」
「さっきと言ってることが違うじゃない」
「うん、あんまり押し付けても悪いかなって思ったんだ。今回のは事が事だし」
「私も行きます」
「え? そんなに即決していいの?」
「いいの! じゃあそういうことだから」
早足で去っていくマミ。
阿澄は何と言って説得したのだろう。
あのマミがこの変わりよう。
夕食の時にこっそり聞いてみたところ、阿澄は言った。
「それなら簡単よ。彼氏が拉致されて、男としてのプライドをズタズタにされたうえにトラウマになって、悪夢にうなされて他人のおっぱいを揉みたいと言うまで錯乱しているのに、彼女は黙っていい子チャンぶってるだけなんて、本当の彼女って言えるの、って言ったの」
「ああ、そう。まあ、協力してくれてありがとう」
恐ろしい女だ。
いくらなんでもそこまで言うことなかったのに。
あとでマミをフォローしてやろう。