抱負/対人戦闘訓練
男にはやらねばならぬときがあると前に言った。
それは今も変わらない。
約3ヶ月の行軍を経験して僕は変わった。
そう変わったのだ。
生きる奴もいれば死ぬ奴もいる。
バーン・ノーティスでラリーが言っていた。
僕は以前拉致されたとき、こんな状況下にあっては犯罪行為もクソもないと思った。
集団の外部を敵と見做し、暴徒化した市民だと断定し、拘束して尋問する。
誰だって街がゾンビに占領されたらそうするだろうと思っていた。
新潟県の山中で集落の老人と会った。
手厚くもてなされ、手土産までくれた。
木崎香菜と会った。
彼女はまだ幼かったが、正気を保っていた。
中島班の皆はどうだ。
渋谷区連合から逃げたカズヤ班は?
立派に文明人として振舞っているではないか。
年始はゴタゴタしていたので考える暇がなかったが、今年は一気に攻めようと思う。
都内を大規模に探索して、生きている人を一箇所にまとめ、復興作業にあたる。
待ってなどいられない。
彼らはもはや生存者とは呼べない。
去年から自力で生活している実力者である。
それなら失ってしまった日野市役所にいた人々よりは戦力として期待できる。
今年が勝負だ。
なぜかというと、ガソリンの保管できる期間がそれほど長くないからだ。
ガソリンスタンドの地下タンクは頑丈なつくりになっている。
しかし肝心のガソリン自体が変質しやすく、酸化すれば使い物にならなくなる。
そのうち装甲車やトラックは動かせなくなると思っていい。
軽油なら?
原油から燃料を精製する方法は?
軽油もガソリンも灯油もガスも精製の難しさはそれほど変わらない。
原油からガソリンを精製するのは、現にガソリンが存在しているのだから方法はあるが、施設と知識と人員がなければ不可能だ。
要するにゾンビマックスのように、ゾンビの血液を燃料にするわけにはいかないのだ!
数年以内には、移動手段に限って言えば文化レベルが産業革命前まで後退する。
何も移動手段に限る必要はなかった。
現に電気もガスも使えていない。
けれども抜け道はある。
知識を共有し、人手を集めること。
お互いにお互いの足りない部分をカバーして、集団の益を第一優先にして働く。
まるで共産主義国家の言いそうなことだが、人類最古の社会体制は原始共産制だというから仕方ない。
今後一年間、ガソリンが使用可能なら使用不可能になるまで、人員捜索に徹する。
平行して基地拡張を行い、要塞化し大規模の人数をまかなえるだけの食料生産体勢を整える。
言うは易し行うは難しだ。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
復興作業をするにあたって、遵守するのは既存の法だ。
現時点で法が機能しているとは言いがたいので、その言い方はおかしいかもしれない。
だからといって法をないがしろにしていいはずがない。
僕たちは銃刀法違反を犯している。
現状、それを罰する者はいない。
罰されなければ違反行為をしているとは言えないのではないか?
それは間違っている。
たとえ罰する者がいなくとも違反行為は違反だ。
つまり何が言いたいのかというと、僕は自分を潔白な人間だとは思わない。
違反者として、違反者である渋谷区連合を討ちに行く。
簡潔に言うなら復讐する、それだけのことだ。
対ゾンビの戦闘と、対人戦闘では勝手が違う。
相手が集団となればなおさら。
軍隊同士の戦争であればいくらかの規律も生まれようが、素人同士では文字通りの混沌だ。
前に僕の救出作戦を行ったとき、イワンと眞鍋が戦力の一端を見せている。
これまでに目立った動きはないが、襲撃されれば襲撃に備えるようになるのが人間の本能だ。
二回目の襲撃が一回目と同じように上手くいく可能性は低い。
そこで僕たちは、対渋谷区連合を想定した戦闘訓練を連日行うことにした。
イワンに監督役をお願いしたかったのだけれど、彼はユキの出産までは愛の巣にこもって仲良くしていたいと言うので、その意見を尊重し諦めた。
それでも、簡単な訓練内容は無線機で指示してくれると言うので助かった。
渋谷区連合を強襲するのは来月。
人員は13人。
香菜、幹夫と各班留守番の二人を除く全員、一個小隊分を動員する。
与えるべきは恐怖である。
恐怖を与えるための効果的な作戦は、統一された集団であることを相手に印象づけることである。
物資はイワンにたんまりもらっているのだ。
150m圏内にある二棟の高い建物を占拠して、スナイパーと護衛を配置する。
残る9人を前衛と後衛に分ける。
AKS-74Uを持った6人が強襲をかけ、後衛の3人がOTs-03 SVUで撃ち漏らしを処理する。
問答無用の殲滅戦である。
「その言葉を待ってた!」
風邪から回復した田中が言った。
「拉致されて仕返しのひとつもしねえなんて男じゃねえ! 俺ぁやるよ、地獄までついていく」
「理屈は通ってる。あんなのがいたんじゃ落ち落ち捜索もできない。実は俺、あのとき拳銃で撃たれてんだよね。当たらなかったけど。問題があるとすれば、マミがこのことを許すかどうかだ」
鈴木が言った。
僕たち三人は野菜畑で密談を交わしていたのだ。
「マミの件は僕がなんとかする。鈴木は中島班に根回しを頼む。田中は……訓練頑張ってくれ!」
「あいよお!」
どうしても折り合いがつかなければ、マミは留守番で残ってもらうしかない。
それではあとあと遺恨となって面倒だ。
さて、どう説得したものか。
対人訓練の理由をまだ説明していなかったので、マミは今、敷地で自分が何のために訓練しているのか知らずに訓練している。
ゾンビを人だと認識している彼女は、対人訓練をすると言っても疑問を抱かなかった。
優しいマミ。
射撃が上手でも撃つのが嫌いなマミ。
僕の気持ちを、分かってくれるだろうか。