ゾンビ捕獲大作戦/雨天決行
あいにくの雨模様となったその日、雨脚が弱くなった一瞬を見計らって、ゾンビ捕獲を実行した。
田中とマミが配置につき、M24とM4でいつでも援護できる体勢につくと
僕と阿澄がゾンビを誘導すべく挑発に打って出た。
挑発はゾンビに近づいて声をかけるだけでいい。
反応したコミュ障ゾンビは、最初の一人から食いついてくれた。
当初はニ、三人誘導に失敗して逃げられると見越していたのが、運良く一人目から釣れたので幸運だった。
「こっちだ、ほら、ついて来い!」
ゾンビは呻きながら早歩きでついてくる。
遠くから見れば何の事はないノロマなゾンビでも、こうして近くで観察すると不気味である。
なるべく状態のいい奴を捕まえようとしていたのだが、このゾンビは膝の関節が折れているらしく、片足を引きずって歩いていた。
グロテスクなゾンビを引き連れて歩くのは、あまりいい気分ではない。
噛まれたら終わり、噛まれたら終わり、と頭の中で声がする。
「何してる、こっちだ、来い!」
ゾンビのIQがいくつなのか知らないが、彼は思ったように動いてくれず、時折方向転換してあらぬ方向に歩き始めることがあった。
その度に声をかけて注意を惹かなければならず、客観的に見るとこれほど間抜けな光景もないな、と思った。
誘導している最中、援護の二人に声をかける。
「状況報告! 問題ないか?」
すると田中が答えて
「問題ないんだがよお、いや、大丈夫、順調だよお!」
なんとも要領を得ない返答だ。
「問題があればすぐに言えよ!」
「アイアイサー」
ようやく罠がある場所まで誘導すると、僕は駆け足でその場を離れながら、マミに合図をした。
彼女が手を上げると、工場からスコープでこちらを監視していた鈴木がウインチのスイッチを入れ、巻き上げられた網が閉じてゾンビを覆った。
網に絡め取られ、ズルズルと工場に引き寄せられていくゾンビ。
可哀想ではあるが、こちらも生死がかかっている以上やむを得ない。
ただ最低限の哀れみとして、絡まったときに変な方向に捻れてしまった彼の脚を元の向きに直してやった。
もしも痛覚が残っているならとてつもなく苦痛だろうに、呻くだけのゾンビでは判別できない。
収監作業が一番難儀した。絡まった網をどうやって外すかである。
最終的に、ある程度ゾンビが自力でほどくのを待ってから、手作りの刺股で檻に押し込んだ。
この檻はもともと大型犬用のものだったのを改造して、ホテル並みとは言わないまでも、元人間が住みやすいよう改良を加えてある。
むやみな殺生を嫌うマミもこの檻の出来栄えには満足していて「三ツ星ね」と言っていた。
ゾンビ捕獲作戦は成功に終わった。
工場の敷地で僕たちは顔を見合わせ、疲労と緊張が残る互いの表情を見て笑った。
汗と泥と雨でびしょびしょになった四人の姿には鈴木も苦笑して「早く風呂に入れ」と言った。
例によって女性陣が先に入浴している間、僕らは即席の屋根の下で工場の正面を監視していた。
雨樋のない屋根に直接雨が当たり、水の塊となって地面に落ちてくる。
びちゃびちゃと泥が飛んでズボンを汚す。
早く風呂に入りたい。
珍しく今の今までだんまりだった田中が、煮え切らない態度で口を開いた。
「実はさっき監視しているときによお、印刷屋の横のビルの三階にゾンビが居たんだがよお……」
「三階? でもあのときは問題ないって言ってたじゃんか」
「そうなんだがよお、様子が変でよお」
パーラメントライトを吸っていた鈴木も、興味を示して田中に向き直る。
田中は依然として煮え切らず、脈絡なくアー、とかウー、とか言っていて、なかなか喋らない。
「一体何を見たんだ。正確でなくてもいいから、見たままを言ってくれ」
「それじゃあ言うけどよお、あのビルの三階の窓全部にゾンビが居てよお、こっちを見てじっと動かないんだなあ。俺も最初勘違いだと思って、何度も確認してみたけんども、やっぱりあれは幻覚なんかじゃなくて、本当に居たんだよなあ」
田中の語ったことが真実かどうか、確かめる術はない。
晴れた日に離れた位置からビルを監視してみたが、そのようなゾンビはいなかった。
彼が嘘を言ったわけではないだろう。
あらためて調査隊を派遣する必要があるが、なにぶんビルや民家に押し入るのは初である。
万全の準備を整えてからにしたほうがいい。
毎回作戦がうまくいくとは限らない。