表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/230

虚構実在論

揚陸艇が津軽海峡に差し掛かろうとしているとき、工場では龍太郎とマミの帰りを今か今かと待ちわびていた。

イワンが留守にしている間、ユキは工場に寝泊まりしており、彼女は旦那不在にもかかわらず気丈に振る舞い、一瞬足りとも寂しさを顔に出さずに生活していた。


敷地の雪は未だに残っている。

日ごと減っていってはいるが、完全になくなるまでにはまだ時間がかかる。

彼らは「あの雪が全部溶けてなくなったら、みんなが帰ってくる」と言い合った。

それは病人が床に伏して、枯れ木に残った葉を見て思うのと似ていた。


「ユキちゃん、いやユキさん。俺の漫画が減ってるんですが、どこにあるか知りませんかね?」

「知らない」

「ああ、そう……」


田中とユキは噛み合っていないように見えて、行動をともにすることが多かった。


「私思うのよね。この騒動の発端は、虚構実在論的に解釈できるんじゃないかって」

「難しいことはよしてくれよお」

「難しくなんかないわ。あんたが読んでる漫画、あのひとつひとつの世界が、実際の宇宙にあるかもしれないって考え方よ」


田中は何を言われているのか分からないといった様子で、視線を逸らした。

彼にとっては、阿澄と鈴木が敷地に出て行ったきり戻って来ないほうが気がかりだった。


「どうも納得出来ないのよね。ウイルスパニックならもっと静的に進行するもんだし、一夜にして地球上の国家すべてが無に帰するなんて事態にはならないもの」


「ブラジルは無事かもなあ」


「そう、実際に現地を見たわけじゃないから、国家全て、なんて言えないけどね」

ユキは無意識にお腹をさすった。

「少なくとも、新しい生命いのちが芽吹きかけている今、こんなことを言ってる場合じゃないわね」


「母は強し、ってやつだよなあ」

「田中、あんたが読んでる妖怪ウォッチの世界が実際にあったとしたら、行ってみたい?」


田中は黙考した。

彼は頭のなかに妖怪ウォッチの世界にいる自分を思い浮かべようとしたが、出来なかった。

創作はあくまでも創作、虚構を現実に捉えることが、どうしても彼にはできなかった。


「わかんねえ。そもそも妖怪ウォッチは現実じゃないし」

「たとえばの話。もし全部の創作物が一同に介したとき、一体なにが起こるのかしらね?」

「どういうことだよお」


「空想科学研究所みたいなもんよ。ゴジラとジョーズとメドゥーサがいる世界で、最後に残るのは何か。人間なんかはダメよね。一番先にいなくなる。ジョーズもそう、ただのサメだもの。ゴジラとメドゥーサがどういう戦いをするかは置いておくとして、つまりはゾンビ・ウイルスやらフランケンシュラインやらオカルト方面の虚構フィクションが現実になったとして、人間にとって脅威となるのはゾンビ・ウイルスだったってことじゃない? 他は他で存在はしているんだろうけど、局地的すぎて目に入らないだけで、ゾンビの出没はあくまでも一要因でしかないのかも」


田中の目がグルグルまわった。


「ごめんよお、ユキちゃん。俺にはさっぱりわかんねえ」

「あんた二十歳超えてるんでしょ、よくそれで生きてこられたわね……」

「面目ねえ」



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



敷地から帰って来た鈴木と阿澄に、ユキは同じ話をした。

しかし結果は田中と一緒だった。

鈴木は少しだけ興味をしめしたが、やはり上の空だった。


原因は単純で、日中彼は阿澄を散歩に誘い(といっても敷地内をだが)告白したのだった。

長らく返事を保留にしてあった話がまとまり、恋が成就したのである。


もちろん阿澄は快諾した。

晴れてカップルとなった二人にとっては、虚構実在論よりも目の前の幸福が大事だった。


納得しなかったのはユキである。

直接苦言を呈したりはしなかったが、あとでまた田中と一緒に窓際に座ったとき、彼女はボソッと言った。


「なんだか張り合いがないわ。お兄さんやマミさんなら議論になるんだろうけど、あんたたちじゃダメね。別にそこまで話したい事柄じゃないんだけどさ、ここまで通じないと寂しくなるわぁ」


「ごめんよお、俺がバカなばっかりに」

「いいのよ、気にしないで。私が悪いの」


「ユキちゃんは頭がいいから、俺たちが見えないものも見えてるんだと思う。だけどよお、考えても仕方のないことを考えてると、疲れちゃうぜ。自分の手にあまることは考えない。これが俺流の処世術ってやつよお」


「気楽でいいわね」


「ああ、気楽が一番よお!」


「明日、レーザーサイト付きの吹き矢を作るから手伝って」

「工作なら任せとけ!」


仕切り役の二人が不在でも、こうして工場は上手く回っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ