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海ゾンビは確かにクジラっぽかった

挿絵(By みてみん)


揺れる海面。

おそらく使われていなかったのだろう、武装が取り外された揚陸艇。

銃架さえない僕たちの船の行く手を阻む無数の磯撫で。


男にはやらねばならない時がある。

たとえ窮地に陥っても、戦わねばならないときがあるのだ。


僕と眞鍋は、イワンの指示でKord重機関銃を甲板に運びだした。

歩兵用の6P57型は32kg、セメント袋と同じくらいの重さだ。


次に木箱を置いて、銃架代わりにした。

二脚を立てて海面を狙ってみるも、上下にぶれて狙うどころではない。

試しに撃ってみた。


着弾した位置に水柱が立つ。

ブレブレで弾の無駄遣いだ。


有効射程は2000mだが、体感では半分以下だ。

狙おうとするとどうしても銃口が下を向き、600mくらいの位置に水柱が立つ。

停まっている船の上でこれだ。

やはりちゃんとした銃架がなければ話にならない。


「撃ちまくれ!」

操縦室からイワンが出てきて叫んだ。


磯撫でが全速力でこちらに泳いでくる!


磯撫でというくらいなので、敵は海面を撫でるよう進んでくる。

海中に没しないため、本来は狙いやすいはずだが、当たらない。


「イワン! こっちに来て変わってくれ!」


どうしても当たらなかったので、イワンと交代することにした。

彼はいつでも発進できるよう操縦室にいたのだが、磯撫での泳ぐスピードが尋常ではないので(原理は分からないが、エアクッション揚陸艇と同じように海面から浮くようにして泳いでいた)、逃げてもすぐ追いつかれてしまうだろう。


イワンがKord重機関銃を撃ちだす頃には、僕は手近にあったAKMで応戦していた。

もう何匹かの磯撫でが船の近くに来ている。


外観は小型のクジラのようだったが、口が体の半分程もある。

ギザギザした歯はサメに似ていた。

危険なのは尾びれだ。


細い針がたくさんついていて、凶悪な武器となっている。

あれで叩かれれば人間など一瞬で粉々になってしまう。

船に穴を開けられても大変だ。


僕はソマリアの海賊のように撃った。

敵は水生生物、体は柔らかい。


「これのどこがゾンビなんだよ!」


僕はずっと言いたかったことを叫びながらAKMの引き金を引いた。

これではゾンビというよりジョーズ大発生である。


その間も、重機関銃の弾幕は張られ続けていた。

NATOの規格をひたすら拒むロシアの12.7x108mm弾(NATOは12.7x99mm)。

大口径信仰とでも言うのか、とにかく21世紀にあってはデカイもん好きといえばアメリカではなくロシアだ。


磯撫での習性は、船の上にいる人間を直接叩いて海に落とすというものだ。

エアクッション揚陸艇の船体は高く、磯撫では攻撃をためらっていた。

チャンスだ。


旋回して船を取り囲もうとする敵に弾丸をお見舞いする。

怪物とはいえ魚は魚、エラだの浮袋だのを撃ちぬかれれば泳いではいられまいと思って、頭ではなく体に狙いをつけて7.62x39mm弾(これもNATOの規格ではない!)をなぞるようにして当てる。


磯撫では海の生き物なので悲鳴はあげずに沈んでいった。

まるで「ちょっと潜ります」とでも言いたげな感じで、撃たれた磯撫では静かに沈んだ。


イワンの射撃も徐々に命中し始めていた。

一発でも当たれば、敵の半身が吹き飛ぶ。

既に海面は真っ赤に染まって、泳ぐ磯撫でが目立ち狙いをつけやすくなっていた。


「ダメ! 当たらない!」

マミが叫んだ。


「偏差射撃だ! 敵の前を撃て!」


緊張の戦闘は30分続いた。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



「離脱する。何かに掴まってろ」


磯撫での数が減ってきたとき、イワンが操縦室に戻った。

敵は未だ戦意を保っている様子だが、血の匂いに興奮しているせいか、やみくもに尾ひれをばたつかせていて、もはや弾を消費して片付ける相手ではなくなっていた。


逃げるが勝ちとばかりにイワンは急発進して、戦場から離脱した。

磯撫でが追ってくる気配はない。

いや、追って来ようとはしているが、興奮しすぎて方向が定まらないのだ。


「なんか拍子抜けだったわね。海ゾンビというくらいだから、海坊主級かと思ってた」

「僕はリヴァイアサンかと思ってたよ」

「俺はクラーケンかと予想してた」


「みなさんお疲れ様です。イワンさんが、操縦室に帰ってくるよう言ってました」


ずっと操縦室に隠れていた香菜が、甲板に出てきて言った。


「眞鍋、重機関銃をしまうから手伝ってくれ」

「アイアイサー」


「私たちだけ先に戻ってましょうか。香菜ちゃん、行こう」


戦闘が終わった後の撤収作業。

高ぶっていた血が鎮まり、かいた汗が冷えて寒さが身にしみる。

こういうときに飲む紅茶は格別だ。


そんなことをぼうっと考えていたから、手を滑らせて重機関銃を足の上に落とした。

死ぬほど痛かった。

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