ニンフェット=木崎香菜
木崎香菜12歳。
まごうことなき美少女、混じりっけなしの100%美少女である。
我が命の光、我が腰の炎。
我が罪、我が魂。
ロ・リー・タ。
ウラジミール・ナボコフは著書ロリータの中で、9歳から12歳までの少女のことをニンフェットと呼んだ。
ただしすべての9歳から12歳の少女がイコールニンフェットとなるのではなく、あくまでも性的に魅力的な少女、美-少女ではなく、美=性的なという意味での少女だけに限定している。
木崎香菜は紛れも無い純粋のニンフェットだった。
美少女ではあるが、それは成熟した女性の美しさの美-少女ではなく、歳相応の、可愛らしい少女性の迸りだったのである。
もしくは小悪魔的と言い換えてもいい。
害意のないいたずら、無邪気な気まぐれは、時として性的な意味合いを含む。
ダフニスとクロエの逸話を知っているだろうか。
全裸の少年と少女は隣り合って寝転んでいて、性的に興奮している。
ふたりはそれが何を指しているのかを知らない。
視て、触って、愛撫して、興奮は際限なく高まっていく。
彼らは満たされている。
それが彼らにとっての性愛のすべてであり、幸福の頂点だからだ。
海に向かって9x19mmパラベラム弾を撃つ香菜は、純然たるニンフェットだった。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
「きもい」
マミが言った。
「それって普通にロリコンでしょ」
「ニンフォレプトと呼んでほしいね。それに僕はロリコンじゃない。僕が好きなのは君だけだ」
ニンフォレプトとはニンフェットを見分けることができる人のことだ。
「だけど前、梓におっぱい揉ませてって言ってたじゃない」
「その話は忘れてくれ」
「長旅で性欲が溜まってきたの?」
「あるいはそうかもしれない」
「いくらムラムラしてきたからって、香菜ちゃんをそんな目で見るのはやめて」
「そんな目ってどんな目だよ」
「いやらしい目」
やれやれ、マミは何も分かっていない。
僕はただ12歳の美少女を見た時に感じる、性愛とも父性本能とも言えない微妙な気持ちのやり場を探していただけなのに、ロリコン呼ばわりされ挙句の果てには「いやらしい目」で見ているだと?
「まあまあ、男はみんなそういうものだから」
眞鍋が割って入ってきた。
会話に混ざるのはいいが、見当違いなことは言わないでもらいたい。
「穢れなき身体の美しさを愛でているだけなのが分からないかな。性欲とかそういうことじゃないんだ」
「イマドキ貞淑信仰なんて流行らないわよ」
「マミさんも美少女、香菜ちゃんも美少女、それでいいじゃないか」
眞鍋がまた変なことを言った。
「さあ、出発だ。船を動かすぞ」
ひとりイワンが安全圏から出発を宣言する。
僕がロリコンだというのなら、女子高生と結婚したイワンはどうなるんだ。
それに僕はロリコンではない。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
若さは財産だというが、本当かもしれない。
船の揺れに適応し始めた僕の体は、ちょっとやそっとの揺れでは酔わなくなった。
気を抜くとダメだけれど、意識をしっかり保っていれば耐えられる。
僕以外は超人揃いなのか、それとも僕の体が特別貧弱なのか、マミや眞鍋、そして香菜さえも酔っておらず、航行の最中でも仲良く談笑していた。
本当にクルージングを楽しんでいるようだ。
揚陸艇なのに、停泊する時になぜ陸に上がらないかというと、単純に海面のほうが安全だからだ。
陸にいて、ゾンビに船体を傷つけられれば、逃げ場がなくなる。
問題はイワンが言った海ゾンビだ。
幸い、僕たちの前にまだ現れていない。
しかし山ゾンビが唐突に出てきたよう、海ゾンビもいつ現れるかわかったものではない。
「イワン、海ゾンビはどんな感じなんだ? いざというときのために教えておいてくれ」
「海ゾンビはクジラみたいだよ。大きくて鈍いから怖くないね」
彼の意見があてにならないのを忘れていた。
山ゾンビのときはイノシシと言っていたんだっけか。
イノシシが雪男なら、クジラはリヴァイアサン級が出てきてもおかしくない。
なんにせよ海面では、遠くに姿が見えたとしても対処できない。
操縦士であるイワンに回避してもらうだけだ。
「のんびり行こうや、ロリコンのオ兄サン」
「イワンにだけは言われたくない」