エア・クッション揚陸艇
気づいたことはまだある。
当初の話では漁船と偽って渡航しようとし、80ftはある漁船、クルーザー、メガヨット(このあたりをイワンは曖昧に話した)を改造して装甲車、武装その他もろもろを積み込んだということだった。
てっきりフェリーか何かを盗んできたとばかり思っていた僕は、艦上の雪をどけ氷を剥いでいるうちに、80ft(24m)よりも大きいことに気づいた。
といっても雪かきの最中は夢中だったから触れないでいた。
だが明らかに24mよりも大きく、差は6mくらいあった。
蓋を開けてみたら、実はホバークラフト船、小型のエア・クッション揚陸艇であった。
なるほど確かにこれならば装甲車両の1台位は積み込める。
既にいくらかの武装を車に積み込んで下ろしているのだから、雪が積もっても沈まないわけだ。
船内を見て回ったところ、不必要な物は降ろしてきたらしく、物がなく伽藍堂としていた。
エア・クッション揚陸艇は通常の船舶とは違い、空気による推進力で海面から浮上して航行する。
速度が早くめちゃくちゃ揺れる。
小型のクルーザーなんかと比べるとマシではあるが、それでも船に弱い僕はすぐに酔ってしまった。
「これをどこから見たら漁船に見えるんだ?」
僕は尋ねた。
「漁船っぽくない? 釣り竿も積んであるよ」
「釣り竿を積んである船を漁船とは呼ばない」
「しゃーない、しゃーない!」
やけに嬉しそうに操縦するイワンだった。
これは僕の予想だが、イワンがエア・クッション揚陸艇のことを隠していたのは、盗んだ場所が理由にあるのではないだろうか。
いくら非常事態とはいえ、機能している軍隊(前にイワンはロシア軍について“クーデター”を起こしたと言った)から船を盗めば、ただでは済まない。
彼は本当にそこまで考えているのだろうか?
情報漏えいを恐れ、約半年付き合ってきた仲間に嘘をつく。
冷静に考えれば、十分にありえる。
しかし寂しいではないか。
新潟くんだりまで共に遠征して、信用されていないとは。
そんな僕の表情を察してか、イワンは話し始めた。
操縦室に全員集まっているため、全員に聞こえるようにだ。
「言えること、言えないことがあります。ユキにも隠していることたくさんある。それは意地悪だとか、信用していないからと受け取らないで欲しい。知らなくてもいいことたくさんあります。知らなければよかったと思うことたくさんあります。この船をここに置いておきたくなかった。今回のことは、それだけ言っておきます。手伝ってくれてありがとう。あとは俺に任せて、ゆっくりくつろいで! 横浜までクルージングといきましょう!」
「イワンさん……」
眞鍋が感動した顔をしている。
説得のプロだな、と僕は思った。
内容のあることはひとつも言っていないが、反論を許さないという態度が伝わった。
僕たちにとっても、謎は謎のままにしてあったほうが都合がいいけれども。
実に感動的な演出だった。
揺れは激しく、大きな声で喋らなければ会話もままならないが、達成感があった。
フッと気を抜いた瞬間、僕はゲロした。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
天候が穏やかなうちに進めるだけ進むという方針で、航行は続けられた。
エア・クッション揚陸艇の航続距離はそれほど長くない。
事故に備えて沿岸を航行するので、必然的に長旅になる。
漁師も最初は素人なのだ。
揺れもいつかは慣れて気にならなくなる。
そう信じたい……。
この船にはなんでもある。
新潟まで共に歩んできた僕たちに、少しは心をひらいてくれたのか、イワンは積んであるものの一部を自由に見たり触ったりしてもいいと言ってくれた。
荷物はすべて綺麗に梱包されて積んである。
物資はコンテナの中だ。
どうやって載せたのだろう……。
木箱を開けると新品のXM8が出てきた。
丁寧に6.8×43mm SPC弾と一緒に入れられている。
こんな船を乗り回す技術といい、積んである武器の多国籍といい、イワン武器商人説が浮上した。
特殊部隊をやめた後、民間の警備会社に就職したり、金持ちのボディーガードになったりするという話を聞いたことがある。
それなら武器商人に転職していてもおかしくはない。
冗談はさておき、夜間、港に停泊した揚陸艇の甲板から海に向かって、射撃訓練をした。
香菜は体力が回復して、もうひとりで出歩けるし、歳相応の軽作業くらいなら出来るようになった。
銃の反動に戸惑っているようだが、いずれはユキを越える逸材になるはずだ。
何せ12歳から射撃を学ぶのだから。