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12歳女子の平均体重は43.6kg

少女は四日間うなされ続けた。

うわ言で両親と思われる名前を呼び、今にも消え入りそうな呼吸の中、風前の灯だった生命の光はある時期を境に再燃し、瞬く間に快調へと向かった。

イワンの治療が功を奏した。


少女は童話に出てくるお姫様のように目醒めた。

夜が明け、窓にかかった覆いの隙間から陽光が差し込み、少女が寝ている寝袋(イワンのもの)の周りを照らしたとき、パッと眼を見開いて、上体を起こした。


「ここはどこ?」

少女は言った。


それに気づいたのは、なかなか寝付けずに夜の間ずっと寝返りをうっていた僕だった。

他の者はみんな寝息を立てている。

僕と少女は目が合った。


「ここはどこ?」

少女は繰り返し言った。


土樽つちたる駅。新潟県だ」

「パパとママは?」


その言葉を聞いて、少女がまだ朦朧もうろうとしているのだと思った僕は、できるだけ優しい口調を努めて、少女の心を刺激しないようにして言った。


「その前に名前を聞かせてくれる?」

「知らない人には教えちゃいけないってママに言われたの」


そのとおりだ。

知らない人には名乗るべきではない。


「お腹へってない?」

「ぺこぺこ」

「昨日の残りがあるけど食べるかい? イワンのカーシャは意外とイケるぜ」


それは集落で分けてもらった雑穀で作った粥だった。

ビスケットもあったが、病み上がりには粥がいいかもしれないと思ったのでそちらにした。


冷えたカーシャを温めなおして、少女に渡す。

彼女は美味そうに平らげた。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



火を使って体が温まった僕は、いつの間にか眠ってしまった。

眼を覚ましたのは昼前だ。

みんなもう起きて各々作業している。


出発の準備は整って、昨日にはもう雪も止んでいたが、少女がいるため出発できないでいる。

ふと、少女が目覚めたことを思い出して寝袋を見ると、眠ったままになっていた。

あれは夢だったのだろうか?


少女の横には粥の皿が置きっ放しになっていた。

夢だけど、夢じゃなかった!

僕はトトロのメイの気持ちになった。


「みんな聞いてくれ! あの子が眼を醒ましたぞ」

「夢でも見たんじゃないの?」

マミは言った。


「違う、夢じゃない。粥の皿が置いてあるだろ。あの子が食べたんだよ」

「あなたが寝付けなくて夜に食べたんじゃなくて?」

「僕がそんなことするか。いつも腹八分目だぞ」


うるさくしたからだろうか。

少女はうっとうしそうな声を出しながら、起き上がった。

しかし寝込んでいて体力が落ちていたせいか、すぐに倒れてしまう。

寝袋の上に倒れたので怪我はなかった。


「ここはどこ?」

少女は言った。


「土樽駅ってところよ。新潟県にあるの。お嬢ちゃん名前は?」

「じゃあ、あれは夢じゃなかったんだ」

「どういうこと?」

「朝、お兄さんにおかゆをごちそうになったの」


「ほら見ろ、嘘じゃなかったろ」

僕は得意気になって言った。


「木崎香菜、十二歳です」

少女はマミに名乗った。

チョット待て、僕には名乗らなかったのに、どうしてマミにはすぐに名乗ったんだ。


「パパとママは? お家に帰りたい」


やはり香菜は朦朧としていた。

慎重に話を聞くと、彼女は騒動の前後の記憶を失っているようだった。

夏休みに、父方の実家に帰省するとかで新潟県に行く予定だったのは覚えているらしいが、出発から現在までの記憶がないという。


気づいたら車の中にいて、外は寒く食べるものがない。

両親の姿を探すも近くにおらず、怖かったのでじっとしていると、車の横を通り過ぎる者がいた。

僕たちのことだ。


最初は母親の言いつけに従って、知らない人についていかないよう心がけていたのだが、心細かったのと空腹だったのが少女を動かした。

高速道路は一本道なので、土樽駅の近くまで自力で歩くことが出来た。

(それでも十二歳の少女がボロの姿で歩くには厳しい距離だ)


待合室の灯りが漏れているのを見て、両親がそこにいると思った少女は扉を叩いた。

これが事の顛末てんまつである。


「今は詳しい事情を聞くのはやめておこう」

僕はみんなを待合室の外に連れだして、言った。


「時間に期待するのは無駄だ。いずれ真実に打ちのめされるときが来る」

イワンが言う。


「ああ、わかってる。でも先延ばしにしてやりたいんだ。打ちのめされるのは、あとになっても遅くはない。工場に戻って、体力が回復してからゆっくりと話し合っていけばいい」

「俺は反対しない。そうしたいなら、そうすればいい」


イワンは女子高生の妻を溺愛しているわりに、子供が苦手だった。

香菜のほうでもイワンを怖がっていた。

まあ無理もない。

胴回し回転蹴りを間近で見てから、僕もイワンが怖い。


予定外の長居に食料がギリギリになっていた。

今出発しなければ、一日あたりの行軍距離を伸ばすしか手がなくなる。


僕と眞鍋が交代で香菜を背負って、町がある場所まで歩くことに決まった。

僕が背負っていた荷物を半分ずつマミと眞鍋が持ち、僕と眞鍋は45kgの荷物と香菜を交互に背負う。

弱っている香菜の体重は45kgを下回っていた。

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