吹雪/少女
土樽駅で予想外の足止めをくってしまった。
振っていた雨は夜には雪になり、吹雪となって僕たちの行く手を阻んだのだ。
これでは先に進めない。
足止めを食うほうが、断行して道中で吹雪に悩まされるより断然マシだ。
この風と雪の量は尋常ではない。
外に出れば1時間もしないうちに死ぬ自信がある。
吹雪は三日三晩吹き通しだった。
定期的に外に出て、待合室の周りと屋根の雪を他所へ移す。
雪国の建物だから頑丈にできているとはいえ、放置すれば倒壊する。
食料にはまだ余裕がある。
しかしこのまま吹雪がやまなければ、餓死かこの吹雪の中を進むか究極の二択を迫られる。
そんな事態になる前に止んでくれと空に祈りつつ、紅茶を啜っていたときの出来事である。
扉を強く叩く音がした。
最初は空耳かと思った。
吹雪の音が、ノックの音に聞こえたのだと。
誰も顔をあげなかった。
僕は銃のメンテナンスをしていて、イワンは地図を眺めている。
マミと眞鍋は仮眠中だ。
更に強く扉を叩く音がした。
今度こそノックだと思った僕は、顔を上げた。
イワンも地図から眼を離して、扉を睨む。
数日滞在している間に、割れた窓を木片で補修していたので、外の様子がわかりづらい。
出入り口となる扉の前には誰も立っていないように思えた。
イワンがMP-443を抜いて、音を立てず扉の横に立つ。
クイッと顎で扉を指すイワン。
フィーリングで合わせろということだろう。
扉の正面ではなく斜めの位置に立って、ベレッタ92を構える。
イワンが勢い良く扉を開けた。
「誰だ!」
僕が叫んだ。
外に人影はない。
相変わらずの吹雪だ。
イワンは流れるようなクリアリングをして外に出た。
それはまるで、攻殻機動隊のバトーがマルコを追い詰めるときに、下水道で見せた動きとそっくりだった。
そして、扉の横を見て固まった。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
12歳くらいの女の子がいた。
ボロをまとっていて、髪の毛を後ろで無造作に縛っている。
おそらくノックして、返事がなかったのでそこに座ったのだろう。
扉の横にしゃがみこんだまま動かなくなっていた。
あるいはノックして力尽き、動けなくなったか。
女の子は衰弱しているようで、熱も出していた。
イワンが応急処置をしたが、最終的には本人の体力次第だ。
「つけてきたって、この子だったのか」
「つけてきたわけじゃない。たぶん、追いつこうとしても追いつけなかったんだ」
眞鍋が言った。
「可哀想に、助けを求めようとしてたのね」
「だけどおかしいぜ。集落の近くにいたなら、あそこの人たちが何か知っていてもいいはずだ」
僕が言った。
「イワン、つけてくる気配に気づいたのはいつ?」
「オ爺サンと別れて、森に入って、高速に乗って……最初のトンネルを通ったあたりからだ」
マミの質問に答えて、イワンは言う。
「つまりこういうことなのよ。この子は集落の存在を知っていて、そこに行けば人がいることも知っていたけれど、崩れた道路を降りる術がなかった。防音壁も登れなかったから、高速道路にずっと隠れてたってわけ。それから私たちが通りかかって、恐る恐るついてきた。どう? この推理」
「7月からここにいて、どうやって暮らしてたんだ。水は、食料は」
「それは……運良く手に入ったのよ。それに7月だとは言い切れないわ。あの集落みたいに、時差があったのかも。もしかしたら最近まで普通に暮らしていたのかもしれないわ」
マミらしくない推論だった。
それだけこの少女の出現が不可解だったということもある。
まず来ているものがボロすぎた。
夏であればまだ良いが、この格好で新潟の冬には耐え切れない。
そしてここまで生き延びているにもかかわらず、現在の衰弱ぶりが異様だということ。
余裕があったわけではなく、その場しのぎ的に日々を食いつなぎ、限界を迎えたところに偶然僕たちが通りかかり、追いかけた。
こう考えれば辻褄が合うけれど、いくらなんでも都合が良すぎる。
「なんにせよ目覚めないことには始まらん。どこでどう生きていたのか、本人に直接聞く必要がある」
「そうね、それは同意見だわ」
雪を掘りに行こうとしたイワンに、眞鍋が声をかけた。
「俺が行ってきますよ。イワンさん働き詰めじゃあないですか、休んでてください」
「悪いね」
イワンは言って、眞鍋にバケツを渡した。
沸騰したお湯が、シューシューと音を立てている待合室の中。
僕たちはすることもなく、じっと少女の寝顔を見守っていた。




