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追跡者の手腕

トンネル、山道。

トンネル、山道。


単調な道を歩いていると、思考まで単調になってくる。

意識がふわふわとして、目の前のものが視界に入らなくなり、ともすれば道を外れそうになる。

こういう現象を、昔の人は山にいざなわれると言ったのだろうか。


道など存在しない方向に進もうとする僕を、毎回マミが引き止めてくれた。

ハッとして見回すと、一瞬自分がどこにいて何をしているのか思い出せない。

なぜガードレールをまたごうとしているのか。

なぜ森の奥へ進もうとしているのか。


自分ではまったく思い出せず、その場は謝って元の道路に戻る。

こんなことがもう六度は繰り返された。


こんなことではだめだ。

思考を調整して現実へと引き戻す。


集落の老人は、騒動には時差があったと言っていた。

それは僕とマミも経験済みだ。

日本に帰る前、フィリピンではゾンビ騒動など起こっていなかった。


日本でも場所によって被害が少なかった場所があるかもしれない。

あのような集落は、山間には多くある。

どうやって暮らしているのか分からないほど奥まったところに、住宅が密集している地域があったりする。


そういう場所では、あるいは人々が結集して生き延びているかもしれない。

ゾンビの絶対数が少なければ、少ない人数でも対処できる。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



土樽つちたる駅まで来た。

雪は胸の高さまで積もっている。

雨が降り出してきたので行軍を中止し、待合室で休むことにした。

待合室は半分埋まっていたので、掘り起こさなければならなかった。


「あー寒い。夏が待ち遠しいわ」

マミが愚痴をこぼした。


「一年中秋くらいの陽気なら一番良いな」

僕は言う。


「暖房さえあれば、冬でもいいんだけどなあ」

これは眞鍋の意見だ。


イワンは焚き火をするとか言って外に出て行った。


「だいぶ柏崎に近づいてるんじゃないか? もう新潟県だろう」

「土樽といえば雪国よね」


「現に外が雪国って感じだしな。湯でも沸かすか。眞鍋、雪をとってきてくれ。なるべく綺麗なやつ」

「アイアイサー」


今頃は工場で何をしているだろう。

まだ夕方前だから、退屈しているのだろうか。

何事も無く平和であってくれればいいが。


紅茶を飲みながら談笑していると、イワンが帰って来た。

まきと一緒に鹿を抱えている。


「今夜の飯は鹿にしよう」

彼は笑って言った。



楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽



冬場、雪の上でも湿った薪で焚き火を起こすことはできる。

ビバークの際には基本となる技で、これができないと冬場は死ぬ。

僕らはアルコールを含ませた脱脂綿や紙を持っているので、火を起こすのは容易だ。


屋根のある場所に、即席の調理場をこしらえた。

フライパンは持っているので、それで鹿肉のステーキを作った。

鹿をさばいたのはイワンだ。


待合室に料理を運び、そこでいただく。

味付けは簡素で食感は無骨だが、それでいて味わい深い。


なんというかキャンプ的な味がする。

山の旨味を直接食べている気分。


先日の集落で振る舞われた料理といい、鹿肉のステーキといい、工場にいるときよりも上等なものを口にする機会が多い気がする。


「臭みがあるけどいけるわね」

マミも鹿肉を気に入ったようだ。


一方でイワンは、山奥に進むごと寡黙になっていった。

山の男という雰囲気を漂わせ、野生に帰ったような顔をしている。


「イワン、何か心配事があるなら言ってくれよ」

僕は彼に近づいて言った。

イワンは山ゾンビと戦ったときに使っていたのとは別のナイフを研いでいる。


「つけられている。集落を出てからずっとだ」

彼はボソッと言った。

「つけられている? ゾンビにか?」


「わからない。今日ここで油断させて、迎え撃とうとしたがダメだった。警戒しているのか、近づいてこない。毎晩そうだ」

「近づいてこないなら害はないんじゃないか?」


焚き火をすると言って銃を持って行ったのは、単なる護身用ではなかったということか。


「害はない、そうかもしれんな。少なくとも今はまだ手出しをしてこないし」

「狙いは何だ?」

「わからん、何もかも分からんよ……」


イワンは葉巻に火をつけ、煙をぷうと吹いた。

彼が煙草を吸うのは、何かが起こりそうなときだけだ。


何者かに数日間つけられている。

ロード・オブ・ザ・リングのゴラムみたいだと僕は思った。

しかし僕たちは滅びの指輪など持っていない。


外では雨がいつの間にか雪に変わっていた。

チラチラと雪が舞う向こうに、森の暗闇がある。

木々の隙間から監視する化物の顔を想像して、ブルッと震えた。

まったく次から次へと勘弁してほしい。

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