山ゾンビは全然イノシシではなかった
「本当にここに残るんですか?」
「ああ、ワシらはもう歳だし、ここを出て行くところなんてない。生まれ育った土地で余生を満喫することに決めたんじゃ」
助けた老人に、来た時と同じよう防音壁から関越自動車道に入り込める場所を教えてもらった僕たちは、山の麓で別れを交わしていた。
「ここを登っていけば分かるはずだから。もし見つからなかったらまた戻ってくればいい」
「何から何までありがとうございます」
「いいや、それはこっちの台詞じゃよ」
結局あのあと酔いつぶれ、翌日は二日酔い。
なんだかんだで三日ほど滞在して英気を養い、出発することになった。
まともな食事を腹いっぱい食べ、久々に元気を取り戻した僕は快調だった。
それは他の皆にしても同じこと。
山を登りだして数十分、ポイントにたどりつき、導爆線を使って関越自動車道に入った。
依然として雪は積もっている。
後ろ側には崩れて崖のようになった高速道路がある。
あちら側から迂回してきたと考えると、達成感がある。
「こんな山奥に生存者がいたとはね」
マミが言った。
「爺さんたち、手慣れてたな。ありゃあと20年は生きそうだ」
僕は言う。
「機会があればまた会いたいな」
「そうね、あの人たちも退屈しているだろうしね」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
次に待ち構えていた難関はトンネルだった。
山をくりぬいて作られたトンネルは暗く長い。
それが道中いくつもある。
暗い場所といえば、昼間でもゾンビがわんさかいるものだ。
トンネルに入ってしばらく行くと、やはり中には多くのゾンビが残っていた。
と、そのとき、トンネル内にあった車の影からゾンビが走りだした!
その風貌はスパルタ兵のように筋骨隆々。
オリンポスの神々を思わせる髭、獲物を狙う鋭い目つき、よだれを滴らせ、本能の赴くままの表情は、明らかに通常のゾンビとは違っていた。
「山ゾンビだよ!」
イワンが叫んだ。
山ゾンビはVSSの銃弾を手の甲で弾きながら襲ってくる。
銃を置いたイワンは、山ゾンビの顔面に肘鉄砲を食らわそうとするも、直前で屈みこんだ山ゾンビがイワンの脚を払いに強烈な蹴りをお見舞いする。
だがイワンも負けてはいなかった。
垂直跳びで蹴りを躱すと、勢いをそのままに足の裏で山ゾンビの顔を蹴った。
足が顔に当たる瞬間、山ゾンビは片腕で止め、握力で足の骨を折ろうとした。
しかし敵の狙いを読んだイワンが、敵に掴まれたままの足を軸に再び跳躍し、あいているほうの足で山ゾンビの顎を蹴り上げた。
血を吹いて後方に倒れる山ゾンビ。
山ゾンビが起き上がる動作をする前に、イワンはナイフを抜き走りだしていた。
立ち上がりかけた山ゾンビの脚の関節を蹴ってバランスを崩したところに、重心の寄った方向の耳、頭部、脇腹の三ヶ所にナイフを突き立てる。
倒れる気配のない山ゾンビは抵抗して腕を振り回すが、イワンの足払いで地面に転がされ、心臓部分に何度もナイフを刺される。
それは山ゾンビが動かなくなるまで続けられた。
「これは芸術ですなあ」
「恐れいりました」
僕と眞鍋は、完全にディスカバリーチャンネルで格闘技の番組を見て、適当に感心して分かったようなフリをする人の気分を味わっていた。
気の毒な山ゾンビ。
ナイフでズタズタにされてもなお完全には死んでいないようで、口から血を吹いている。
「こいつらしぶとい。しぶとい上に硬い」
イワンはナイフの先端を僕たちに示した。
ナイフが欠けている。
「これは使い物にならないね」
そう言って彼はナイフを投げ捨て、歩き出した。
あっけにとられていた僕たちも、彼が歩き出したのを見て我に返り、あとを追った。
「イノシシみたいに突っ込んでくるだけだった言ってたよな?」
「どう見ても動きが黒帯なんだが」
「あんなの、私たちじゃどうにもならないわ」
トンネルはまだまだ先が長い。
どんどんと山の奥深くに進んでいるのだし、山ゾンビがこの1体だけとは思えない。
僕らは念の為にM203へ散弾を装填しておいた。
効果があるのかは分からないが、足止めくらいにはなるはずだ。
トドメはイワンに頼むしかない。
あの動き、あの蹴り。
イワンは難なく避けたが、常人であればモロに食らっていただろう。
あの筋肉から繰り出される蹴りを受けて、脚が無事とは思えない……。