猟友会
老人はライフルRemington M7600の、308Win弾を4発撃ち尽くすと、へなへなとその場にへたり込んだ。
見たところその老人は一人で、周囲に仲間はいなさそうだ。
イワンがVSSでゾンビを蹴散らしている間も、老人はよそ見をしていて、もう諦めているのだろか、自分が助けられていることに気づいていないようだった。
イワンは無言で僕たちに合図して、右回りで老人に近づくよう指示した。
僕たちは山から出て、集落のある方向へ歩いた。
老人は腰を抜かしていて、自力では立ち上がれないようだった。
僕が近づくと、かなり驚いた様子で叫んだので、一瞬彼が気絶するのではないかと心配になるほどだった。
「お爺ちゃん、私たち助けに来たのよ。安心していいわ」
「お、おなごじゃぁ……」
マミが声をかけてもこの調子だ。
それにしても、こんなところを一人で出歩いているとは不用心極まりない。
狩猟会の人だろうか。
日本でも狩猟用の銃を持てるとはいえ、ライフルを所持するには厳しい審査があったはずだ。
老人の持っているRemington M7600は、手入れが行き届いていて新品同様といった感じだった。
先ほどみせた射撃の腕前も、4発で4体のゾンビを仕留めていた。
308Win弾はNATOの規格でいうと7.62x51mmが近い。
狩猟用では弾頭や火薬量その他を目的に合わせて変えたり、集弾をよくするために調節したりする。
老人は銅弾頭の銃弾を使っていた。
「立てますか? 肩をかしますから、移動しましょう」
マミが老人に手をかしている。
僕も側へ行って、両脇をかかえてやる。
「オ爺サン射撃上手だね!」
山からイワンが追いついてきた。
「が、外人じゃぁ……」
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
予想通り老人は猟師だった。
銃声を聞きつけて飛び出してきた猟友会の一同と僕たちが邂逅したのは、それからすぐのことだった。
村に唯一あるという神社の社務所に案内され、まるでこれからお祓いを受けるかのような雰囲気の中で、僕たちは互いをまじまじ見ていた。
猟友会のメンバーは全員老人だった。
この村の八割が老人で、騒動発生時、村にいた若者はゼロ。
みんな東京の大学に行ったきり、都内で就職して帰ってこなかったらしい。
それにしても猟友会のメンバーは数が多かった。
何より驚いたのはその点である。
社務所に来ている12人全員がライフルやショットガンで武装している。
「この村は狩猟で生計を立てていたんですか?」
マミが尋ねた。
「そうじゃないんだけどよ! なあ遠藤さん、説明してやってくれんか!」
遠藤と呼ばれた老人は首を傾げていた。
「耳が聞こえないもんでな。もう一度言ってくれるか」
「なんでこんなに猟師がいるか説明してやってくれんか!」
「よし、話してやろう。ワシの兄貴は軍人で、1943年、タラワの戦いで戦死したと言われておってな」
「ああ、こりゃ駄目だ。遠藤さんスイッチ入っちゃった」
耳の遠い遠藤は、思い出話をしてくれと頼まれたと勘違いして、延々と戦争話をしていた。
その横で僕たちは、情報交換に勤しんだ。
「この村でも夏頃に発狂人(彼らはゾンビのことをそう呼んだ)が増えてな。慌てふためいたよぉ、そりゃあ。サッちゃんが血まみれで森ん中駆け込んできて、“大丈夫か!”って訊いても返事しねえ。そこで遠藤さんがズドンと一発、問答無用で殺っちまったのよ」
「遠藤さん半分ボケてっから、意識だけ戦争の頃に戻ったんだべな」
「この人兄貴の話をいっつもしてんのよ。大きな声じゃ言えないけども、遠藤さんの兄さんには噂があってな、実は戦争に行ってないんじゃないかという」
「あの頃は悲惨じゃった。でも兄貴がいたからこそ、我々は国家転覆の危機を乗り越え」
なにがなんだかわけがわからなかった。
老人たちは話し相手の出現に大興奮。
久々にやってきた孫をもてなすような感覚で、のべつ幕なしに喋りまくった。
彼らの話を概括すると、村でゾンビが発生したのは、近隣の町と比べて遅れていた。
偶然町まで行っていた(デイサービスで)者が、村に騒動の一部始終を伝えたので、猟友会が招集され迅速に事にあたることができた。
森は彼らの縄張りだった。
しかしゾンビの数が増すにつれ勢力は逆転。
村を捨て、高度経済成長期に廃棄された集落まで撤退し、以後は防衛に徹することになった。
現在集落で暮らしている人数は、猟友会を含めて30人。
全員、彼らの家族だという。
銃を手にした老人たちは、水を得た魚のように活き活きしていた。
毎日デイサービスで昼飯のことを思うより、よっぽどスリリングな毎日というわけだ。
「先ほどはお助けいただき、どうもありがとうございました」
先刻の老人が、急に横に這いよってきて言った。
「いえ、礼なら彼に言ってください。助けたのはあそこにいるイワンです」
老人たちの視線がイワンに集中する。
「へえ、あんたが助けてくれたのかい。背高いねえ」
「あんちゃんソ連の軍人さんかい?」
「昔よく食べたもんじゃなあ、シベリヤ。ありゃソ連の菓子じゃろ」
「バカ言っちゃいけないよ、ありゃ文明堂の菓子だ」
「いやあれは横浜が発祥だとNHKでやっとった」
「ポーランドが発祥ダラぁ!」
そのうちに社務所には焼酎が運ばれてきた。
お婆さんやおばさんたちも集まってきて、ツマミが出た。
山菜づくしだ。
今夜はまともに話ができそうにないな、と僕は覚悟を決め、焼酎を自棄飲みした。




