老人とRemington M7600
三芳PAには目ぼしい土産がなかった。
フードコートにソーセージの化石があったくらいだ。
他に使えそうな品がないか物色するも、あったのはオートバックスくらいで、ほとんど楽しむ余裕もなく通り過ぎることとなった。
状況によってはパーキングエリアで一泊することも吝かではなかったが、行ってみると結構広かったのと、エリア内にゾンビが多くいたことが要因となって、長居はできないと判断した。
残念だがしかたない。
もし長居できていたとしたら、保存食用のせんべいを探そうと思っていたのだが。
三芳PAを過ぎてどんどん進むと、そこはもう山中と呼ぶべき道に入った。
山の中なので防音壁もなく、道がずっと伸びているだけだ。
冬の森は、雪をかぶっていて不気味だ。
夏の緑は重々しく、息が詰まる感じがするが、逆に冬になると静まり返って、この世のものとは思えない静寂が恐ろしく感じられる。
もともと森は人の住む場所ではない。
僕たちはなるべく車道の真ん中を通って歩いた。
山ゾンビとやらが恐ろしかったからだ。
けれど道の真中を歩けば、道路にいるゾンビに気づかれやすくなる。
だから定期的に立ち止まって、前方の偵察を行いながらの行軍となった。
時間はかかるが、優先すべきは安全ということだ。
「だいぶ歩くのに慣れてきたわね」
マミが言った。
「油断は禁物だ。慣れてきたといっても気を抜くなよ」
雪は次第に量が増えてくる。
東京から離れていることを実感する。
日本はこう見えて世界でも有数の降雪地帯だ。
しかも今向かっているのは日本海側。
出発してから一度も新しく降っていないので大丈夫だとは思うが、日本海側の降雪量は桁外れだ。
人間どころか車、除雪車、あらゆるものが通れないほどの雪の壁ができている可能性もある。
加えて連日の気温と、小雨。
地面は凍てついて鉄のように硬い。
凸凹しているので足の裏にも負担がかかる。
「さあ急ごう。イワンはもうあんなところにいる」
眞鍋は非常に元気だ。
基本的に戦闘は避けて進むので、ゾンビがいない時は距離を稼ぐチャンスだ。
とはいえ歩きにくい地面を30kgの荷物を背負って、競歩に近いスピードで進むのは無理だ。
必然的にイワンとの差が開き、足手まといのようになる。
イワンの役割は斥候とクリアリングを兼ねているから、先に行ってもらう分には何の支障もないのだが、なんとなく申し訳ない気分になってくる。
楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽楽
僕たちが山の中だと思っていた場所は、実はぜんぜん山ではなかった。
ただ木が生えていただけのようなものである。
その後、数日かけて関越自動車道を進んでいくと、今度は本物の山に差し掛かった。
山の高速道路はたいがいトンネルになっているので、雪の影響をうけない。
地震で落盤していたらと一抹の不安はあったけれど、トンネルは無事そこにあった。
問題が発生したのは、山間の、道が高くせり出している箇所に着いたときである。
何らかの爆発があったせいか、道路が崩れてなくなっており、周りに積もった雪を掘ってみると、焦げのようなものが散見された。
これでは先に進めない。
「戻って別の道を探すか? でも一本道だったよな……降りるしかないか」
僕は気が進まなかった。
なぜなら下まで何十メートルもありそうだったからだ。
手持ちのロープで足りるかどうか……。
「ロープじゃ降りられないね。山を下って行きましょう」
イワンがそう提案した。
山下りのほうが体力的にはきつそうだが、宙ぶらりんになって下に降りるよりマシだ。
山下りなら滑り落ちても生きていられる確率が高いからな。
防音壁の一部を導爆線で破壊して、本来は道ですらない山中に出る。
これを下って行って、崩れた道路の反対側から上って関越自動車道を進むわけだ。
曇っていて陽の光がないから、森のなかは暗かった。
暗く冷たい。
雪が腰の高さまで積もっていて、凍りついているので進むのに苦労する。
かき分けるというより押し崩すといった感じだ。
「眞鍋、山ゾンビが出てきたらどうする?」
「イノシシみたいに突進してくるんだろ? 横に避けるしかないな」
「この雪で、とっさに横に動けるか?」
「難しいかもな……」
「僕もそれが心配なんだ」
イワンが立ち止まった。
険しい表情でVSSを覗く。
(山の中ではぐれると真面目に死ぬので、イワンもペースを落としていた)
「山ゾンビか?」
僕が訊いた。
「それよりも厄介だね」
「どういうことだ」
僕も双眼鏡を取り出して覗く。
集落といった感じの家が数件立ち並んでいるところに、老人が一人立っていた。
老人は猟師か何かのようで、レミントンM7600を持っている。
老人が立っている裏の森の中から、ゾンビがぞろぞろ這い出してきている。
雪の上を文字通り這って進むゾンビに向け、爺さんは発砲する。
しかし数の差が圧倒的すぎる。
爺さんの殲滅力ではあっという間に囲まれてしまうだろう。
現に爺さんのすぐ横には既にゾンビが迫っている。
「何してる、イワン。援護してやれ」
そしてイワンはVSSの引き金をひいた。