所沢IC
所沢ICは、住所で言うともう埼玉県である。
インターチェンジの乗り場の周りは建物が少なく、立川市から歩いてきた僕たちは急に田舎へ来たような気持ちに浸っていた。
とはいえ僕の実家がある山梨県は、これよりももっと田舎である。
建物が少ないと、身を隠すことができずに不安になる。
同時にゾンビの姿も発見しやすいので、おあいこといった感じだ。
実際、僕たちは見晴らしの良さに助けられた。
所沢ICの入り口付近に、ゾンビが大量にいる。
さながら合戦のごとくに入り混じって蠢いている。
先日アルビノ個体の捕食を目撃してから、ゾンビたちには独自の生態系があるのではと睨んでいたものだから、ゾンビが大量で何かしていると、嫌悪感がほとばしってくる。
人間をさしおいて何を遊んでいるんだ!
だが不幸中の幸いだ。
ゾンビたちは合戦に夢中でこちらには気づいていない。
100m以上離れたところから双眼鏡で観察しているのだから当たり前だ。
観察を続けると、ゾンビは1体の怪物と戦っているのだと分かった。
巨大な顔にそのまま腕をつけたような形の怪物の周りに、ワラワラとゾンビが群がって、噛み付いたり引っ掻いたりしている。
怪物の方も負けておらず、その豪腕でぶん殴ると、ゾンビがポーンと宙を舞い、空中でバラバラに弾けた。
「イワン、どうする。別の場所から高速に乗るか?」
「観察を続ける。ゾンビの数が少なくなるまで待つ」
雪の上に寝転がっているので、腹がじんじん冷えてくる。
朝に飲んだ紅茶が冷えて、だんだん痛みへと変わる。
顔から血の気が引いていき、凍えそうな横風が頬を撫でるにもかかわらず、額には脂汗が滴る。
腹を壊した。
「ごめんちょっとトイレ」
「護衛しようか?」
「いや、そこの茂みでやるから大丈夫」
眞鍋の護衛を断って、僕は茂みに走った。
普段なら掘っ立て小屋のトイレで「お、お、お、お」と声を出しながらやるのだが(激痛なので仕方ない)今は隠密行動中なので歯を食いしばるしかない。
トイレも落ち着いてできないとは、やれやれである。
ズボンをおろそうとしたら、腰のあたりにゴツンとした感触があった。
ベレッタ92である。
それを抜いて、手に持ちながら用を足す。
ベレッタのグリップを手でザリザリして気を落ち着かせる。
痛くない、痛くないと念じる。
痛いものは痛い!
腹痛を持病に持つ者ならこの気持ちが痛いほどよく分かるはずだ。
せいぜい数十分かと思っていたが、一時間近く格闘してしまった。
戻ってもイワンたちはまだ観察を続けていた。
「変化はあったか?」
「イワンがVSSで攻撃したがダメだった。ほら見てみろ」
双眼鏡を覗くと怪物が雪を撒き散らして暴れている。
白い煙が舞い上がり、雪の下にあった土やアスファルトなども砕けて一緒に巻き上げている。
腕力がすさまじい。
「VSSじゃ頭蓋骨が抜けなかったよ」
「あれで抜けてないのか」
怪物の顔面は血まみれで、今にも大量出血で倒れそうな勢いだ。
落盤のような音の雄叫びが響いた。
怪物は目を血走らせ、既に息絶えて転がっているゾンビを巨大な拳で押し潰す。
「ライフル貸して」
イワンが言った。
「いいけど、何するつもりだ」
「まあ見てて。眞鍋も貸して」
僕たちのHK416にはM203グレネードランチャー着けられている。
二つに炸裂弾を装填したイワンは、狙うのに時間をかけて撃ち、着弾する前に次を構えた。
腕に命中した。
同時に二発目を発射する。
痛みで転げまわる怪物の鼻に、炸裂弾がめり込み爆発した。
まだ死なない!
しかし時間の問題だ。
血液が滝のように流れだしている。
イワンは即座に立ち上がり、銃を僕たちにもたせて、走るよう言った。
雪原を巨体が行く!
バカなことを考える前に僕たちも走って着いて行き、遅れないようにする。
音でゾンビが集まってくる前に高速に乗るのだ。
高速なら車が遮蔽物となって身を隠せる。
擲弾は大きいし重いので少ししか持ってきていない。
もしあのような怪物が数体現れれば、僕たちには対処できなくなる。
風のように走れ!
まさか高速にダッシュで乗る日が来ようとは思わなかった。
幸い新たなゾンビは、僕たちが高速に隠れるまで現れなかった。
「追いつかれないよう距離を稼ぐよ、走って!」
イワンが叫ぶ。
彼の「走って!」は完全に東京フレンドパークのそれだった。